秋山 耿太郎
朝日新聞社代表取締役社長
1945年生まれ。68年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞社に入る。東京本社政治部長、同編集局次長などを経て、2001年取締役東京本社編集局長。常務取締役販売担当を務めた後、05年6月から代表取締役社長。11年7月日本新聞協会の会長に就く。




秋山 耿太郎
朝日新聞社代表取締役社長
1945年生まれ。68年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞社に入る。東京本社政治部長、同編集局次長などを経て、2001年取締役東京本社編集局長。常務取締役販売担当を務めた後、05年6月から代表取締役社長。11年7月日本新聞協会の会長に就く。

細野 豪志
環境大臣 原発担当大臣
1971年京都府綾部市生まれ。京都大学法学部を卒業後、三和総合研究所の研究員に。2000年の衆院選で初当選し、党副幹事長、幹事長代理、首相補佐官などを歴任。11年6月から原発担当相。野田内閣では環境相と原発担当相を兼務。原発事故後、首相補佐官として政府・東京電力の対策統合本部や日米協議の統括役を務め、大臣に就任後は原子力規制部門を経産省から切り離し、環境省のもとに置く組織改編案をまとめあげた。

緒方 貞子
国際協力機構(JICA)理事長
政治学者としての学識をもとに世界各地を飛び回ってきた。日本を代表する国際人として外相候補に擬せられたこともある。国連日本政府代表部公使、上智大外国語学部長などを経て、1991年から2000年まで国連難民高等弁務官として難民・貧困・人権問題に取り組んだ。アフガニスタン復興支援日本政府代表を務めた後、JICA理事長に。外務省出身でない理事長はJICA発足以来初めて。外交史や国際関係論に関する著書や論文多数。米カリフォルニア大学(バークレー校)で政治学博士。

エマヌエル・ゼ・メカ
国際熱帯木材機関(ITTO)事務局長
1951年生まれ、カメルーン国籍。79年に同国林野庁に入庁、83年から89年まで林野庁長官。同国農業省顧問をへて、91年に熱帯林自然の保全や持続的経営、利用を促進するための国際機関ITTO(本部・横浜市)に入り、事務局造林・森林経営担当プロジェクトマネージャーとなる。その後、同事務局で林産業担当次長、造林・森林経営担当次長を歴任し、2007年11月から現職。ITTO初のアフリカ地域からの事務局長となった。カナダのラヴェル大学林学科修士(木材物理)。

ベルント・ティッシュラー
ドイツ・ボトロップ市長
福島第一原発の事故を受け、ドイツのメルケル政権は17基あるドイツ国内の原子力発電所の閉鎖時期を早め、2022年までに実施することを6月に決めました。原子力エネルギーはドイツの電力供給の約23%を担っていますが、現在は17%を占める再生可能エネルギーを2020年までに少なくとも35%まで増やす計画です。その背景などについて、ドイツ有数の工業地帯・ルール地方のボトロップ市で環境・温暖化対策を進めるティッシュラー市長が語ります。市長は20年までに二酸化炭素の排出量を半減させるため、太陽エネルギーの積極導入や廃熱利用の都市づくり、水素燃料電池車向けの燃料ステーションの設置などに取り組んでいます。

田中 伸男
前国際エネルギー機関(IEA)事務局長
1950年生まれ。73年、通商産業省(現・経済産業省)に入省し、資源エネルギー庁原子力産業課国際原子力企画官、経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局長などを経て、98年から在米国日本大使館公使を務める。2002年には経産省通商政策局通商機構部長となり、エネルギー問題や数々のWTO貿易交渉を率いた。07年9月から、国際エネルギー機関(IEA・本部パリ)のアジア初の事務局長として、世界のエネルギー安全保障確立のため、国際協力の調整にあたってきた。

服部 拓也
日本原子力産業協会理事長
1970年に東京電力に入社。その後、原子力発電部原子力技術課長、原子力計画部長、福島第一原子力発電所長、原子力本部副本部長、副社長など、一貫して原子力部門の中枢を歩んできた。2006年に原子力産業協会副会長に就任、07年から現職を務める。09年からは「原子力国際協力センター」理事長も併任。日本の原子力政策、エネルギー政策に大きな影響力をもつ電力業界、原子力メーカーの事情に詳しい。原子力を中心とした 日本のエネルギー政策の充実、競争力のある原子力メーカーを生かした海外戦略を主張している。

飯田 哲也
環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長
1959年生まれ。大手鉄鋼メーカー、(財)電力中央研究所での原子力研究開発に携わった後、スウェーデンのルンド大学で環境エネルギー政策を学ぶ。その後、非営利の研究機関ISEPを設立。自然エネルギー政策の第一人者で、国や東京都などに積極的に提言し、政策に影響を及ぼしている。21世紀の再生可能エネルギー政策ネットワークREN21理事を務めるなど、国際的ネットワークも豊富。2009年、民主党政権下で温暖化中期目標達成タスク フォース委員、行政刷新会議の事業仕分け人に。著書に「北欧のエネルギーデモクラシー」など。

フランク・フォンヒッペル
米プリンストン大教授
核物理学者。核不拡散政策の権威で、旧ソ連のゴルバチョフ元大統領に、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の精神を受け入れるよう説得するなど、発言は国際的に大きな影響力がある。1974年からプリンストン大公共・国際問題教授。米国のクリントン政権で93年から94年まで、ホワイトハウス科学技術政策局の国家安全保障担当次官を務めた。2006年からは日本を含む16カ国の研究者で構成される核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)の共同議長を務める。10年、核不拡散などの分野で物理学を使った公共政策啓蒙に対して、レオ・シラード賞を受賞。

竹内 敬二
朝日新聞社編集委員
朝日新聞では和歌山支局、科学部、ロンドン特派員、論説委員などを経て現職。チェルノブイリ原発事故の現地に4度の長期取材をするなど、主に、環境、エネルギー、原子力問題を担当してきた。地球温暖化の国際交渉は1990年ごろから取材し、最近は、環境連載「エコウオーズ」などを担当してきた。今年は主に、福島原発事故と、「日本の原子力政策」の報道に携わっている。
3月11日に起きた福島第一原発の事故が、日本の原子力政策を大きく変えることは間違いありません。菅首相は7月、「将来は原発に依存しない社会を」と脱原発を表明しています。朝日新聞も「原発ゼロ社会をめざそう」という社説を掲げました。
しかし、日本は原子力をエネルギーの柱にすえ、頼り切ってきました。政策変更は大問題です。自然エネルギーも、大型水力を除けば発電の1%しかありません。この状況をふまえ、「原発をどうするか」を議論します。
ドイツは今年、「全原発を2022年までに廃止」と決めました。それが可能となった背景などについて、ルール工業地帯のボトロップ市のティシュラー市長に報告してもらい、短時間、市長を交えて日本への教訓を議論します。その後、市長を除く4人で、「日本で原子力は存続できるのか。存続の形は」「原発削減に伴う家庭と産業界のコストは」「自然エネルギーの現実的な可能性」「核燃料サイクル政策の将来像」といったテーマで議論を続けます。
パネリストの田中伸男・国際エネルギー機関(IEA)事務局長は、世界の原発政策、エネルギー政策に詳しく、世界の大きなトレンドと日本の政策の違いなどを示して頂きます。服部拓也・原子力産業協会理事長は、元・東京電力の原子力分野の専門家です。エネルギー政策では「経済性、エネルギー安全保障、環境性」の3点が大事で、「原子力という選択肢は重要」という意見です。
飯田哲也・ISEP所長は、自然エネルギー主体の社会に向けて大きく舵を切るべきだ、今の日本は自然エネルギー分野での技術競争でも遅れている、と警鐘を鳴らしています。フォンヒッペル教授は、米国・世界の原子力政策だけでなく、日本の政策、とりわけ核燃料サイクル政策には詳しい方です。日本の原子力政策の特徴などについての発言が期待されます。また、コーディネーターの竹内敬二編集委員も、「原発ゼロ社会をめざそう」という朝日新聞社説(7月13日)について説明します。
日本のエネルギー政策は根本的な見直しを迫られています。これまでのように、政府と電力業界が過去の路線の延長で決めるのではなく、エネルギーの供給・需要情報を消費者に公開し、消費者の意見を政策に取り入れることが必要です。逆に言えば、今後の政策決定には消費者の責任も大きくなります。その議論を先取りするパネルです。

福岡 伸一
青山学院大学総合文化政策学部教授、生物学者
生物学者。1959年生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授、青山学院大学理工学部教授等を経て、現職。 “生命とは何か”を分かりやすく解説した著作を数多く著す。ノーベル賞受賞の定説に一石を投じた「プリオン説はほんとうか?」で講談社出版文化賞科学出版賞を受賞。また、2007年に発表した「生物と無生物のあいだ」は、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞し、ベストセラーとなる。他に「動的平衡」、「世界は分けてもわからない」、フェルメールの全作品を巡る旅の紀行をまとめた「フェルメール光の王国」など。

吉村 美栄子
山形県知事
リクルート社勤務後、子育てしながら行政書士の資格を取得し、2000年に開業。山形県教育委員、山形市個人情報保護制度運営審議会委員、県総合政策審議会委員、県入札監視委員会委員などをへて、09年2月から現職。東京電力福島第一原発事故を受け、今年7月の全国知事会議で、滋賀県の嘉田由紀子知事とともに、原発依存からの脱却と太陽光など代替エネルギーへの転換を訴える「卒原発」の共同提言をして、注目を浴びる。好きな言葉は、「水を飲む時、井戸を掘った人を忘れるな」。お茶の水女子大文教育学部卒。

イアン・ジョンソン
ローマクラブ事務局長
英国籍のエコノミストで、持続可能な開発やエネルギー経済政策の知識に富む。1980年、世界銀行に入行し、98年に持続可能な開発、環境、農業、社会政策を担当する副総裁に就任した。その後、国際農業研究協議グループ(CGIAR)会長にも任命された。2006年に世界銀行を離れた後、チリ政府のアドバイザーやスウェーデン政府の気候変動と開発に関する国際委員会の委員などのほか、民間部門でも多数の顧問職を務める。1968年設立の世界的なシンクタンク「ローマクラブ」(本部・スイス)の事務局長に10年4月、就任した。

吉田 文彦
朝日新聞社論説委員
外報部・科学部・経済部記者、ワシントン特派員、ブリュッセル支局長などをへて、2000年より現職。1980年に東京大学文学部卒。84-85年に米ジョージタウン大学MSFSフェロー。07年に大阪大学より博士号(国際公共政策)取得。10年にプリンストン大学大学院講師。11年より中央大学大学院客員教授。主な著書は、『「人間の安全保障」戦略』、『核のアメリカ-トルーマンからオバマまで』(いずれも岩波書店)など。
近未来の日本、そして世界はどうなっているのでしょう。
きっと、アジアを中心に多くの途上国が「新たな先進国」に変身していることでしょう。グローバルな相互依存関係性が一段と高まった世界が、目の前に広がるのではないでしょうか。
ただ、楽観ばかりもしていられません。これまでの近代化の特徴である都市化、効率化、スケールメリット化は大きな曲がり角にあるように見えます。東日本大震災は、はからずも、そうした近代化にひそむ脆弱性を浮き彫りにしました。大都市、大工業地帯への電力供給のために原発立地が集中したフクシマでの惨事、急激な電力不足は、その典型例でしょう。大津波から何とか避難地に逃れた方々の多くが高齢者でいらっしゃることも、人口の都市集中、地方の過疎化・高齢化という日本社会のアキレス腱を浮かびあがらせた気がします。
日本に必要なのは、「復旧」ではなく、「復興」だと言われます。しかし本当に求められるのは、これまでとは違う日本を目指す「新興」なのではないでしょうか。震災後の日本の進路は、「戦後の奇跡」と言われたGDP拡張路線の延長ではなく、新たな発展モデルではないでしょうか。
構造改革なくして日本の未来はないと言われて久しいにもかかわらず、それが思うように進んでこなかった日本。今回の激震で日本が本当に覚醒し、本気で新たな発展モデルを構築していくことは、現在の日本で暮らす世代だけでなく、将来の世代への責任でもあることでしょう。
もちろん、自分のことばかりを考えていては未来などありません。先進国との競争は避けられませんが、そればかりに目を奪われていると、視野が狭くなりがちです。近未来を考えると、55億人が暮らす途上国での開発体験から学びつつ、日本での「新興」と新たな発展モデルの実践を今後の途上国の発展にいかすような、双方向的なつながりを持つことが大切でしょう。それが地球環境と人間の共生、持続可能な発展に不可欠だと思われます。
「3.11後」のこうした現況を見据えながら、このパネルでは、「環境と文明―新たな発展戦略」をテーマにご議論いただきます。パネリストは、ご専門の生物学の研究だけでなく、幅広い分野で発信されている福岡伸一・青山学院大学教授、震災避難者のお世話や復興に向けた取り組みを進めている吉村美栄子・山形県知事、かつて『成長の限界』で人間と資源の関係を世界に問うた「ローマクラブ」のイアン・ジョンソン事務局長の、お三方です。コーディネーターは、吉田文彦・論説委員がつとめます。
![]() 進行 野村 真季 テレビ朝日アナウンサー 横浜市出身。98年テレビ朝日入社後、「Jチャンネル」「スーパーモーニング」など幅広いジャンルを担当。第1回ANNアナウンサー賞奨励賞受賞。現在は「やじうまテレビ」(土曜日)、BS朝日「医療の現場」などを担当中。 |
福田康夫・元首相と若宮啓文・朝日新聞社主筆による懇談会です。福田氏のスピーチのテーマは「人類とエネルギーの闘い~3・11が突きつけたもの」です。同氏は石油会社に勤めた経験があり、首相時代には先進国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)などでも温暖化対策や環境問題について国際的な議論をリードしました。スピーチの後は「3・11」後のエネルギー問題などについて若宮主筆と語り合います。

福田 康夫
元首相
1936年群馬県高崎市生まれ。早大政治経済学部を卒業後、丸善石油に入社。77年に父・福田赳夫首相の秘書官となり、90年2月に衆院議員に初当選。森内閣、小泉内閣で官房長官を歴任。2007年9月、自民党総裁に選ばれ、第91代首相に。08年6月、朝日新聞主催の地球環境シンポジウムで首相としてスピーチを行い、翌月には北海道洞爺湖サミットで気候変動問題について主要経済国首脳と議論した。首相退任後、世界経済フォーラムのアジア版「ボアオ・アジア・フォーラム」の理事長、アジア人口開発協会の理事長に相次いで就任した。

若宮 啓文
朝日新聞社主筆
1948年生まれ。朝日新聞記者として日本政治や外交などについて多数の記事を執筆。政治部長、論説主幹(2002年~08年)などをへて、今年5月から現職。米国ブルッキングス研究所に滞在中の01年に「9.11」を体験。韓国留学の経験もあり、日韓フォーラムのメンバー。著書に「和解とナショナリズム 新版・戦後保守のアジア観」、「闘う社説 朝日新聞論説委員室2000日の記録」など。東京大学法学部卒。
※参加はご招待者に限ります。


南川 秀樹
環境省事務次官
1974年4月環境庁(現環境省)に入庁。自然環境局長、地球環境局長、官房長、地球環境審議官などを経て、11年1月から現職。地球環境局長として、地球温暖化対策推進法の制定や改正を実現させた。また、環境に関する国際会議の多くに日本政府代表として参加。なかでも、10年10月に名古屋市で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、「名古屋議定書」の採択に向けて尽力した。福島第一原発事故では放射性物質の汚染問題に環境行政の立場から取り組んでいる。
来年6月、ブラジルのリオデジャネイロで国連の「持続可能な開発会議(リオ+20)」が開かれます。約180カ国の代表がリオに集まった地球サミット(国連環境開発会議)からほぼ20年。当時は「持続可能な開発」とともに温暖化防止と生物多様性などの重要性を強く打ち出しましたが、今回の焦点は「グリーンエコノミー」と「持続可能な開発を可能にする制度的な枠組み」。会議の狙いと展望などについて、ブラジルのテイシェイラ環境相がフォーラムの参加者に向けてビデオで語ります。

イザベラ・テイシェイラ
ブラジル政府環境大臣
リオデジャネイロ連邦大学で環境対策に必要な基本制度や計画などを専攻し博士号を取得。生物学にも詳しく、複数の大学で環境学を教えた後、1984年から公務員として環境行政に携わり、リオデジャネイロ州政府の環境担当相などを経て2010年から現職。

小林 光
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、環境情報学部教授、前環境事務次官
1949年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。73年に環境庁(現・環境省)に入り、95年以降は地球環境部環境保全対策課長として気候変動枠組条約・第3回締約国会議(COP3)の日本誘致や京都議定書の国際交渉、国内では初の地球温暖化防止法制(地球温暖化対策推進法)を担当。大臣官房長、総合環境政策局長などをへて2009年7月から環境事務次官。11年1月に退官し、4月から慶応義塾大学大学院及び環境情報学部教授。専門は環境政策論、エコまちづくり、環境共生経済論。著書に「日本の公害経験」「環境保全型企業論」「エコハウス私論―建てて住む。サスティナブルに暮らす家」など。

澤 昭裕
21世紀政策研究所研究主幹
1957年大阪府生まれ。81年一橋大学経済学部卒業、通商産業省入省。87年行政学修士(プリンストン大学)。97年工業技術院人事課長。2001年環境政策課長。03年 資源エネルギー庁資源燃料部政策課長。04年8月~08年7月東京大学先端科学技術研究センター教授。07年5月より現職。
著書に『地球温暖化問題の再検証』東洋経済新報社(04年)、『エコ亡国論』新潮新書(10年)など。21世紀政策研究所の提言書として『地球温暖化問題の新たな政策課題』(09年)など。

村山 知博
朝日新聞「GLOBE」副編集長
1989年入社。科学記者として環境ホルモンやダイオキシン問題を取材した。AERA編集部員、アメリカ総局特派員、記事審査委員、科学部次長などを経て2008年から論説委員(環境・エネルギー担当)として、地球温暖化問題や自然エネルギー、原子力の社説を執筆。09年12月にデンマーク・コペンハーゲンであった国連の気候変動枠組み条約・第15回締約国会議(COP15)の国際交渉や、民主党が提出した地球温暖化対策基本法案の国会審議などを取材した。10年7月から現職。
「2020年までに1990年比で25%削減する」。一昨年の朝日地球環境フォーラムで鳩山由紀夫民主党代表(当時)は、意欲的な温室効果ガスの削減目標を掲げました。これがそのまま、日本の国際公約にもなっています。私たちは「25%」という目標を、これからも掲げ続けるべきなのか? それとも、いったん旗を降ろした方がいいのか? 東日本大震災と福島第一原発事故をきっかけに、日本の地球温暖化政策は大きな分岐点にぶつかっています。国会における地球温暖化対策基本法案の審議でも、この「25%」をどうするのかが大きな焦点です。これは単に数字の大小をうんぬんする問題ではなく、近未来の日本のエネルギー政策のありさまを考えることにほかなりません。原発の増設が難しくなったいま、「脱原発」にシフトするとしても、それによって不足する電力をどう手当てするのか、という難しい課題に直面します。火力発電を増強しようにも、温暖化防止の観点からは化石燃料の利用は抑えていかねばなりません。だからといって太陽光や風力などの自然エネルギーでどこまで補えるのかは、インフラ整備や投資の面でまだまだ不透明な部分が大きい。もし、恒常的に電力が不足するような事態になれば、企業の海外脱出の動きが広がって日本の経済が空洞化する恐れもあります。原子力のリスク、温暖化のリスク、経済のリスク…。さまざまな変数が複雑に絡み合った難しい連立方程式を解いていかねばなりません。分科会では、「温暖化防止を進めていくには」「産業活動を重視するには」「国際社会で役割を果たすには」といった多角的な視点から、環境省の前次官で慶応大学教授の小林光氏、経産省出身で21世紀政策研究所研究主幹の澤昭裕氏に議論していただきます。コーディネーターは村山知博(朝日新聞GLOBE副編集長)。

クリスティアーナ・フィゲレス
国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局長
中米コスタリカ出身。2010年5月から現職。コスタリカ計画省国際協力局長を経て、1995年から同国気候変動交渉チームのメンバーとして活躍。2007年にクリーン開発メカニズム(CDM)理事会ラテンアメリカ・カリブ代表を務めた。父、兄ともに同国大統領を務めた。

張本 邦雄
TOTO 代表取締役 社長執行役員
1973年に早稲田大学商学部を卒業し、東陶機器(現TOTO)に入社。マーケティング統括本部長を経て2003年取締役執行役員販売推進グループ長、09年4月代表取締役社長執行役員に就任した。同年7月に、国内住設事業、海外住設事業、新領域事業の3つの事業を柱とした長期ビジョン「TOTO Vプラン2017」を発表し、10年4月には環境活動をさらに加速させる「TOTO GREEN CHALLENGE」を打ち出した。17年のTOTO100周年に向けた取り組みを全社一丸となって推進している。
TOTOの商品に代表される家庭のトイレや浴室、キッチン、洗面所といった水まわりの設備や機器の使用によって発生するCO2量は、日本の総排出量の約5%にも及びます。TOTOは節水を中心にした「節水型社会形成」がCO2の削減にどのように寄与するか調べるシミュレーション研究をしました。その結果、TOTOを含む業界全体による環境商品の開発努力とお客様への節水啓発、さらに行政による環境機器普及へのあと押しという3つの取り組みが三位一体として推進されると、2020年には水まわりに由来するCO2の25%削減が可能なことが明らかになりました。この予測を実現するため、TOTOは2017年までに使用時のCO2排出を90年比で50%削減できる主力商品を提供することなどを含む厳しい開発目標を盛り込んだ環境ビジョン「TOTO GREEN CHALLENGE」を推進しています。

キャサリン・リチャードソン
デンマーク政府気候変動対策委員会議長、コペンハーゲン大学教授(海洋生物学)
デンマーク政府の抜本的な温暖化対策を提案した政府気候温暖化対策委員会の議長を務めた。2050年までに石油などの化石燃料から脱却し、自然エネルギーに依存する国づくりの総合シナリオを発表。コペンハーゲン大理学部副学部長で、二酸化炭素の吸収など地球環境に大きな影響を与える海洋の研究と考察で知られる。世界各地で航海と踏査を重ね、かけがえのない地球が深刻な脅威にさらされていることを痛感。温暖化対策づくりに参加する一方で、「気候変動と地球の生命」など一般向けの著作でも環境意識の向上を促してきた。

ヨーセフ・ペッシュ
ドイツの再生可能エネルギー起業家、南西部の都市フライブルクのfesa社専務
ドイツ南西部の古都フライブルクを中心に低炭素社会のインフラづくりを進める起業家。風力や太陽光エネルギー、超小型水力、堆肥やゴミなどのバイオマス燃料の利用を都市や農村に促してきた地元企業fesaの経営者。住民が協同組合などをつくって発電・送電する地域ぐるみの「自立できる社会」をめざす。再生可能エネルギーの積極利用や住宅の徹底した省エネ、「歩いて暮らせる街」などの先駆的なエコ・コンパクトシティとして知られるフライブルク周辺の街づくりにも参加。80年代に発足したドイツ風力発電協会の創設者の1人。英作家ワイルドとジョイスの研究者でもある。

ラス・ヨハネス・ノードリィ
ノルウェーのエネルギー最大手スタトオイル社副社長
主に風力など再生可能エネルギーを担当する。1969年生まれ。同社は英国東部シェアリングハム沖合に約22万世帯向けの大型風力発電所(約90基のタービン)を建設中。北海では約2000基を集中させる世界最大級の発電網も計画し、スコットランドでも関連会社が海底に大型の発電機を100基近く据えつける世界最大の潮力発電プロジェクトを進めている。インドネシアでは地熱発電も。北海を中心とした石油・ガス採掘に全面依存してきたビジネスモデルからの転換をめざすなか、日本の風力資源にも注目しており、グローバル展開を強めている。

西崎 香
朝日新聞社フォーラム事務局主査
朝日地球環境フォーラムを担当。1960年生まれ。静岡支局などを経て経済産業省、財務省、外務省や流通・ソフト産業、エレクトロニクス業界を担当。その後、ニューヨークを拠点に金融や自動車など米経済の変容を取材し、シリコンバレーからハイテクや米ビジネスをリポート。デスクを経て、米ワシントンに駐在しブッシュ・オバマ政権の政策やグローバル経済危機、金融破綻を取材した。
地球温暖化にどのように取り組むべきか。さまざまな提案や主張が飛び交って調整をしているうちに、ますます海外勢に先を越されているような気がします。この分科会は、意欲的な政策やビジネスが目立つ欧州を中心に先端の取り組みを紹介します。
デンマークは、エネルギーのなかでも極めて重要な役割を担ってきた石油など化石燃料の使用を劇的に減らし、いまは約8割の依存度を2050年までに「ゼロ」にする政策を今年発表しました。人口約550万人、面積は日本の約10分の1と国情は異なります。しかし、政府レベルで「とにかく、やってみよう」と挑むフットワークには驚きます。推進してきた風力発電を含め、自然エネルギーを現在の約2割から100%に増やす試みです。温室効果ガスの排出量を9割近く減らす計画ですが、本当にできるのでしょうか。「環境安全保障」の考え方も含め、参考になることが少なくないと思います。
大胆な政策には、それを支える技術やビジネスの裏づけが必要です。英国では沖合に世界最大級の風力発電網が建設され、スコットランドでも海底に巨大扇風機のようなタービンを置く最大規模の潮流発電プロジェクトが進みます。こうした事業に関わるのがノルウェー石油最大手スタトオイル。どこまで「脱石油」を視野に入れているのか。担当者が世界的なエネルギー戦略とビジネス展望を語ります。
いくら政策やビジネス、技術がそろっていても、それを実際に担う地域の取り組みが中途半端なら、長続きはしません。ドイツは「脱原発」に舵を切りました。ほぼ一世代前に始まったといわれる再生可能エネルギーの導入や、「石油がぶのみ」とも批判された生活スタイルの見直し、徹底した省エネ型の住宅、できるかぎり徒歩や自転車などで暮らせるようにめざす都市・交通計画など、さまざまな積み重ねが背景にあります。こうした「グリーン化」がめだつドイツ南部のバーデン・ビュルテンベルク州では、今年5月に初めて「緑の党」による州首相が選ばれるなど、地域に根ざす強い環境意識が特徴です。息の長い草の根レベルで活動する地元の起業家が低炭素社会の実践を語ります。
温暖化の危機に備えて、社会の衰退や環境の荒廃をくいとめようとする「復元力のある国と地域づくり」。島国ニッポンが耳を傾けるべきことはたくさんあります。

大泉 一貫
宮城大学教授
1949年宮城県生まれ。東京大学大学院修了。農学博士。農業経営の成長を通じた農業の発展に取り組む。農村地域政策の構築や農政への提言活動を展開。日本地域政策学会会長。内閣府「規制改革会議」専門委員(地域経済・農業部会)。内閣官房「食と農林漁業の再生実現会議」委員。大震災からの復興にも取り組み、宮城県南三陸町の震災復興計画策定会議委員長。著書に「ニッポンのコメ」(朝日新聞社)「日本の農業は成長産業に変えられる」(洋泉社)。

針生 信夫
舞台ファーム代表取締役
1962年生まれ。仙台市若林区で300年以上にわたって続く農家の15代目。2003年有限会社舞台ファーム(04年に株式会社)を設立。東日本の意欲ある農家のネットワークを作り、コメ、野菜などの農産物の生産、加工、販売や飲食店の運営を行っている。一次産業、二次産業、三次産業を一体化した、いわゆる六次産業化の先頭を走っている。農業再生のために若手の人材育成にも力を入れている。大震災では、自社の農地24ヘクタールが津波の被害を受け、復興に取り組んでいる。

長谷川 久夫
みずほの村市場社長
1948年生まれ。84年茨城県谷田部町議会議員。87-96年つくば市議会議員。90年農産物直売所の有限会社みずほ設立、代表取締役。値段でなく品質と安全にこだわった農産物を提供し、年間来客数30万人、視察者2000人、売上高7億円の直売所に成長。2004年から09年まで(社)日本農業法人協会会長。著書に「直売所が農村を変える」(ベネット)。福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質による風評被害を受け、販売する農産物の放射線測定を公開で行い、結果を公表している。

一色 清
朝日新聞社WEBRONZA編集長
1956年生まれ。朝日新聞社の有料のウエブサイトである「WEBRONZA」編集長兼「GLOBE」編集部員。78年朝日新聞社に入り、福島、成田支局員、経済部記者、週刊誌アエラ編集部員などを経て、2000年アエラ編集長。beエディター、出版本部長補佐などを経て、08年10月から11年3月までテレビ朝日「報道ステーション」コメンテーター。80年代に経済記者として農林水産省を担当、以来農業問題に関心を寄せている。
東日本大震災は、多くの人々の生命や暮らしを奪った。農業も大きな打撃を受けた。津波が洗った農地は2万3千ヘクタールを超え、塩害で復旧のメドはまだたたない。福島第一原子力発電所の事故により放出された放射性物質は、農地を汚染し、農業や畜産に大きな被害を与えている。また、基準値を超える放射性物質が含まれる野菜などは出荷が停止され、その周辺産地は風評被害に苦しんでいる。
農業は環境との関わりが深い。きちんと手を入れた水田や畑を見ると、水や緑が周辺の環境を守っている。一方で、きちんと手を入れる人がいなくなった農地、つまり耕作放棄地が日本には40万ヘクタール以上ある。農業が産業としての魅力を失い、担い手がいなくなっていることが環境に悪い影響を与えている。雑草が生い茂っていたり、中にはゴミ捨て場になっていたりする。
震災によって耕作できない、あるいは耕作をあきらめる農地が増えれば、ますます環境を悪化させることにつながる。塩害の田畑を元に戻す工夫が必要だし、放射性物質による農地や作物への被害を軽くする知恵や政策が必要になる。そして、これだけの災害に見舞われた今こそ、被災地を含め、日本の農業を強くし、若い担い手が続々と生まれるような構造改革が望まれる。
3人のパネリストは、農業の面から今回の大震災に深く関わらざるを得なかった人たちだ。宮城県でずっと農業を研究してきた大泉一貫宮城大教授は、被災地の復興計画作りに走り回っていて、これを機会に農業の構造改革をはかろうとしている。
農産物の生産から流通、消費までを担う舞台ファームの針生信夫代表取締役は、自社の一部の農地が津波に洗われ、現在は農地を再生する様々なアイデアを検討している。
大人気の農産物直売所である「みずほの村市場」の長谷川久夫社長は、放射性物質による風評被害に苦しんだが、消費者の懸念を払拭するため、茨城大学に協力を仰いで店先で商品の放射能検査を実施している。国や県はもっと細かい調査をしてすべて公表するべきだというのが持論だ。

エマヌエル・ゼ・メカ
国際熱帯木材機関(ITTO)事務局長
1951年生まれ、カメルーン国籍。79年に同国林野庁に入庁、83年から89年まで林野庁長官。同国農業省顧問をへて、91年に熱帯林自然の保全や持続的経営、利用を促進するための国際機関ITTO(本部・横浜市)に入り、事務局造林・森林経営担当プロジェクトマネージャーとなる。その後、同事務局で林産業担当次長、造林・森林経営担当次長を歴任し、2007年11月から現職。ITTO初のアフリカ地域からの事務局長となった。カナダのラヴェル大学林学科修士(木材物理)。

井上 真
東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻教授
1960年山梨県生まれ。東京大学農学部林学科を卒業後、農林水産省森林総合研究所、インドネシア教育文化省熱帯降雨林研究センター、東京大学農学部を経て、2004年から現職。農学博士。専門は森林社会学・政策学、カリマンタン地域研究。主な著書に「コモンズの思想を求めて」、「躍動するフィールドワーク」がある。環境経済政策学会常務理事、日本森林学会常任理事などを務める。日本森林学会賞、大同生命地域研究奨励賞などを受賞している。
草野 満代
フリーアナウンサー
岐阜県出身。津田塾大学を卒業し、1989年にNHK入局。「紅白歌合戦」など代表的な番組を担当した。97年フリーとなり、TBS「筑紫哲也NEWS23」や長野オリンピックのキャスターなどで活躍。昨秋、名古屋で開かれた国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)を機に発足した「地球いきもの応援団」を務めるほか、総務省の年金業務監視委員や国際森林年国内委員も。

泊 みゆき
NPOバイオマス産業社会ネットワーク(BIN)理事長
日本大学大学院国際関係研究科を修了し、富士総合研究所で10年以上、環境問題、社会問題のリサーチに携わる。1999年、「バイオマス産業社会ネットワーク」を設立し、共同代表に就任。2004年、NPO法人化に伴い理事長に。主な著書に「地域の力で自然エネルギー!」「草と木のバイオマス」(ともに共著)など。経済産業省バイオ燃料持続可能性研究会委員や総務省バイオマス政策評価委員会も務めた。

末松 広行
林野庁林政部長
埼玉県出身。1983年東京大学法学部卒。農林水産省に入り、国土防災、地方行政(長崎県諫早市)、漁業交渉、金融問題、米問題、食品リサイクル、森林・林業の振興などを担当する。バイオマス・ニッポンを提唱してきた。著書に「食料自給率のなぜ?」(扶桑社新書)、「解説食品リサイクル」(大成出版)などがある。東京農業大学の客員教授も務める。

末吉 竹二郎
国連環境計画(UNEP)金融イニシアチブ特別顧問
1945年生まれ。67年三菱銀行に入り、ニューヨーク支店長、取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取などを経て、98年日興アセットマネジメント副社長に。2003年から国連環境計画(UNEP)金融イニシアチブ特別顧問を務める。また、日本カーボンオフセットの設立に尽力し、同代表理事。環境問題を金融の視点からも語ることができる論客としてテレビなどに登場する機会も多い。また、03年には「金融と環境に関する国際会議」の東京への誘致に成功した。
今年は国連が定めた国際森林年にあたります。06年の国連総会で決議されました。1985年の第1回から4半世紀ぶりの森林年です。いま、「Forests for people(人々のための森林)」を国際テーマに、世界中で森を守る運動が広がっています。
乱伐や気候変動、住宅や農地開発で世界中の森は悲鳴をあげています。森林年は森林を持続可能な形で次世代に受け継ぐ道筋を考える重要な機会となります。この特別セッションは、そうした森林年の活動の一環として、森のチカラをさまざまな側面から考える場となります。
国際熱帯木材機関(ITTO)のメカ事務局長からは、第1回森林年からの国際社会の歩みを振り返り、日本の林野庁との提携などについて基調報告をお願いします。ITTOは日本に本部を置く唯一の国連条約機関として86年に設立され、日本との縁がきわめて深い国際組織です。熱帯諸国での樹木の乱伐や破壊に世界中の人々が危機感を募らせていますが、その一方で熱帯諸国の経済発展に熱帯木材の貿易が欠かせないという現実があります。さらに急発展を続ける国々にとっては、経済成長の必需品です。こうした相対立する利害を調整するという重い役割が期待されています。
パネル討論には、林野行政の第一人者や自然と親しんできた方を招き、幅広い視点から議論を深めます。日本政府には、世界60カ国と欧州連合(EU)が加盟しているITTOの活動と連携しながら、国際的な政策協議や途上国での森林保全への支援などを通じて、森を守り、活用していくための先導的な役割を果たすことが期待されています。そのためには、どんな活動を進めればいいのでしょうか。
コーディネーターの末吉竹二郎氏は、環境問題の第一人者として温暖化問題についての論客として知られています。そのなかで木材や森林が環境を守る役割について以前から高く評価していました。「日本の復興は21世紀の社会作りを世界に先駆けて実行することにつながる」として、自然を最大限に生かした街づくりを呼びかけています。

稲本 正
オークヴィレッジ代表
1945年富山県生まれ。立教大学に勤務後、74年に「人と自然、道具、暮らしの調和」を求めて工芸村「オークヴィレッジ」(岐阜県高山市清見町)を設立。お椀から建物まで幅広い工芸を展開する一方、植林活動を行い地球環境における森林生態系の重要性を発信し続ける。現在、岐阜県教育委員会教育委員長を務めるほか、都内の大学で講義もしている。「日本の森から生まれたアロマ」(世界文化社)、「緑の国へ」(オルタナ)、「森と生きる。」(角川書店)、「ロハス・シティの夜明け」(マガジンハウス)、「木の工作の時間」(TAC出版)など著書多数。

牧 大介
西粟倉・森の学校代表取締役
京都大学大学院で森林生態学を専攻。民間シンクタンクを経て、2005年に農林水産業に関して行動する専門家集団「アミタ持続可能経済研究所」を設立し、所長に就任。各地で農山漁村における新規事業の企画・プロデュースを手がけている。09年に株式会社トビムシを設立し取締役に就任するとともに、岡山県西粟倉村と同社の共同出資で株式会社西粟倉・森の学校を設立して代表取締役に就任。森の学校では「ニシアワー」という地域ブランドを立ち上げ、木製品や農産品などをエンドユーザーに直販している。詳細は、http://www.nishihour.jp/

田中 淳夫
森林ジャーナリスト
1959年大阪府生まれ。静岡大学農学部林学科卒業。森と人の関係を自然レベルから地域社会まで包括的に考えることを目指し、森林・林業・山村を中心テーマに幅広く執筆・講演活動を行っている。著書に「いま里山が必要な理由」(洋泉社)、「田舎で暮らす!」「森林からのニッポン再生」「森林異変」(平凡社新書)、「割り箸はもったいない?」 「ゴルフ場は自然がいっぱい」(ちくま新書)、「森を歩く 森林セラピーへのいざない」(角川SSC新書)ほか。
詳細は、http://homepage2.nifty.com/tankenka/chosha.html。奈良県生駒市在住。

高橋 真理子
朝日新聞編集委員
科学部記者や「科学朝日」編集部員のあと、1997年から論説委員として科学技術と医療分野の社説を7年余り担当。科学エディター(科学部長)を経て編集委員。2005年の愛知万博ではテーマフォーラム「環境本位型社会を目指して」のコーディネーターを務めた。現在、WEBRONZA「科学・環境ジャンル」で福島原発事故をめぐる動きなどをリポートしているほか、朝日ニュースターのトーク番組「科学朝日」で案内役を務めている。
3.11以降、私たちは暮らし方の見直しを否応無しに迫られました。家庭でも職場でも電気の節約が求められ、会社によっては休日を変更したり、始業時刻と終業時刻を早めたりするところも出ました。早寝早起きするように生活を変えた方も多いことでしょう。ただ、こうした対応は電力不足の夏を乗り切る応急措置に過ぎません。
私たちは、原子力発電所が事故を起こしたときの恐ろしさを身をもって知り、一方で停電が日常生活にもたらす影響の大きさも目の当たりにしました。いまこそ、より根本的なところから暮らし方を考え直してみる必要があると感じます。
稲本正さんは、立教大学で原子物理の研究に取り組んだあと、大学を辞めて岐阜県高山市に移住、1974年に工芸村「オークヴィレッジ」を設立しました。以来37年にわたって木の生活用品作りや木造建築に携り、一方で植林活動などにも取り組んできた経験をもとに、今年6月に『緑の国へ生まれ変わる日本のシナリオ』(オルタナグリーン選書)を出版、「日本は新しい緑の国に生まれ変わるべきだ」と提言されています。
牧大介さんは、農山漁村で次々と新規事業の企画をしてきた若手経営者です。09年に岡山県の山あいの西粟倉村に株式会社を設立し、これまでの枠組みにとらわれないユニークな活動を展開しています。気負うことなく、新しい暮らし方を実践しているビジネスマンとして、これからの日本に必要な真髄を語っていただけることでしょう。
田中淳夫さんは、日本の森林・林業の現場を知り尽くしているといっていい森林ジャーナリストです。森林と山村と都市はどうあるべきか。あるいは山村住民と都市住民はどう関わり合うべきか。そうした問題意識をもって全国各地の取材を続けてこられました。国土の7割近くを森林面積が占める日本にとって、森林との付き合い方はきわめて重要です。そこから暮らし方の方向性も見えてくるに違いありません。
コーディネーターは、科学や技術、医療といった分野で記者や編集者として長年仕事をしてきた高橋真理子編集委員が務めます。目指すべき理想を現実とするために、何が足りないのか、どこを変えていけばいいのかも、会場の皆さんとともに考えたいと思います。

篠原 弘道
NTT取締役研究企画部門長
1978年4月、日本電信電話公社(現・NTT)へ入社。アクセス網研究所担当部長などを経て、2003年4月から、NTTアクセスサービスシステム研究所の主席研究員を務める。同年6月、アクセスサービスシステム研究所長に就任。07年6月から情報流通基盤総合研究所長を務めるなど、研究企画に関する要職を歴任している。09年6月より現職。11年6月から情報流通基盤総合研究所長も兼務。
近年のICT(情報通信技術)の進展によって、音声や文字情報だけでなく映画などの高画質な映像や音楽などが楽しめるブロードバンド通信が急速に普及してきました。ICTによる通信サービスの普及は、個人のライフスタイルや企業のビジネスモデル変革に大きく寄与するとともに、人やモノの移動の削減や業務の効率化などを通じ、地球温暖化問題の解決への大きな貢献が期待されています。また、3月11日の東日本大震災以降、通信サービスの利用による安全・安心の確保や、電力の安定供給への対応としてICTの省電力化に対する関心が高まっています。
本講演では、NTTグループのICTによる持続可能な社会の実現に向けた取り組みを中心にご紹介します。

井熊 均
日本総合研究所創発戦略センター所長
1958年生まれ。83年早稲田大学大学院理工学研究科修了、三菱重工業入社。90年日本総合研究所に入り、産業政策、ベンチャービジネス、環境産業、公共IT政策などを専門に活動。95年、汚染土壌の浄化を行う「アイエスブイ・ジャパン」の取締役(兼務)、2002年創発戦略センター所長に。03年早稲田大学大学院非常勤講師、06年日本総合研究所執行役員。近年は環境、エネルギー問題を中心に提言活動を展開している。著書に「なぜ、日本の水ビジネスは世界で勝てないのか-成長市場に望む日本の戦略」(日刊工業新聞社)など。

鈴木 高宏
長崎県産業労働部政策監(EV&ITS推進担当)、東京大学客員准教授
1970年生まれ。93年東京大学工学部機械情報工学科卒業、98年同大学院機械情報工学専攻博士課程修了。2000年東大生産技術研究所助教授、04年同大学院情報学環助教授、07年同准教授。専門はロボティクス、メカトロニクス、制御工学、高度交通システム(ITS)など。人間ドライバーモデルを含むミクロ交通シミュレーションを活用したITS施策・技術の効果評価を検証。10年長崎県産業労働部政策監。EVやITSの普及促進を担当。東大生産研先進モビリティ研究センター客員准教授を兼務。電気自動車普及協議会アドバイザー。

友山 茂樹
トヨタ自動車常務役員IT、事業開発本部長
1958年生まれ。81年群馬大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車入社。生産技術、生産管理、国内営業などを経て、2000年GAZOO事業部(現e-TOYOTA部)を担当し、車ユーザーへの情報サイト「GAZOO」を立ち上げ、02年には移動体通信を使った車載情報サービス「G-BOOK」をスタートさせた。その後、中国及びアジア地域で同様のサービスを展開。10年から常務役員として、IT/ITS、及び新規事業開発を担当し、トヨタのスマートグリッド戦略を推進。トヨタメディアサービス社長を兼務。

安井 孝之
朝日新聞社編集委員
1957年生まれ。経済雑誌記者を経て88年、朝日新聞社に入る。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界など産業界を取材する一方で、経産省や財務省などを担当し、産業政策、財政についても取材。東京経済部次長から05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当。環境車開発の動向をまとめた「クリーンカーレース」、夕刊連載「ニッポン人脈記/俺たちのクルマ立国」などを執筆。著書に「これからの優良企業」(PHP研究所)。
エコカーの普及が急ピッチで進んでいる。ハイブリッド車に続き、2010年には電気自動車の個人向け販売が本格的に始まった。自動車の電動化の動きがますます加速するのは必至だろう。ハイブリッド車でも充電機能を備え、電気自動車として走ることができるプラグイン・ハイブリッド車が発売される。今後、エコカーの普及はどのように展開してゆくのかを議論する。
一方で、東日本大震災は原子力発電を中心においた巨大な発電システム、送電システムの限界をも見せつけた。今後の発電、供給システムの具体的な姿はまだ明確ではないが、再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電など)への依存度は高まるに違いない。だが、再生可能エネルギーは天候などに左右され、発電量が不安定になることが多い。こうした発電システムが普及した際にはITを駆使して電力の安定供給を実現するスマートグリッドが不可欠になる。
スマートグリッドが普及した社会の中で、クルマはどのような役割を演じるのか。あるいは大容量の電池を搭載した電気自動車はスマートグリッドの普及を後押しする存在になるのではないか。この点も分科会の主要なテーマである。
太陽光パネルを使い家で発電した電気を電気自動車やプラグインハイブリッド車に充電し、走らす。それでも余った場合は電力会社に売電する仕組みが考えられている。また災害時など電力不足の事態に陥れば、クルマに搭載された電池が電気を供給し、ライフラインを確保することもできる。すでに災害時に電気自動車を活用する商品は売り出されている。
クルマに搭載された電池は様々な形で活用されるが、スマートグリッドの普及にも家庭にある大容量の蓄電池として重要な役割を演じそうだ。
電動化が進むであろう将来のクルマ社会の行方は、電力の供給システムの今後の姿を抜きには語れない。エコカーの普及と電力供給の新しい形であるスマートグリッドの行方を自動車メーカーの専門家、エコ・モビリティの専門家、エネルギーの専門家がそれぞれの立場から議論し、課題と展望を提示したい。

大西 隆
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授
1948年松山市生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了、工学博士。長岡技術科学大学助教授、アジア工科大学助教授などを歴任。政府の東日本大震災復興構想会議委員。財団法人日本地域開発センター理事長、日本計画行政学会会長、横須賀市・西東京市都市計画審議会委員長などを務める。著書・共著に「逆都市化時代」「都市とは何か」「低炭素都市」「東日本大震災復興への提言」など。

濱 隆
大和ハウス工業取締役常務執行役員
1954年生まれ。大阪府出身。76年、大阪工業大学を卒業後、大和ハウス工業入社。2003年に執行役員、技術本部総合技術研究所長に就任。07年から現職。09年から環境エネルギー事業担当。06年に、25年間採用していた戸建て住宅の工法を刷新する新商品「xevo」(ジーヴォ)を開発。耐震強度を維持しながら居住空間を広くする住宅を実現させた。ロボット、環境エネルギー事業など新規事業の立ち上げに関わり、スマートハウスの研究・開発も担当する。

野呂 輝久
パナソニック システム・設備事業推進本部 本部長
1954年、三重県生まれ。1977年に名古屋大学経済学部卒、松下電器産業(現パナソニック)に入る。秘書課長、広報部長などを歴任。2003年、法人営業を担当するシステムソリューションズ社首都圏本部長に就任、05年に同社常務。経営企画や海外担当などを務める。09年から現職。「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン構想」を含め、グローバルにシステム・設備事業を担当する。

多賀谷 克彦
朝日新聞社編集委員
1962年、神戸市生まれ。4年間の百貨店勤務の後、88年に入社。前橋支局、福島・原町通信局などを経て、東京・大阪経済部で、主に流通・小売業、証券業界などを担当。2000年前後の大手流通企業の破綻、再編などを取材。07年4月から大阪在勤編集委員。関西経済界のほか、関西が地域活性化に向けて注力する環境技術、産学連携などを取材している。
東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故は、私たちの暮らし、生活が高度成長期と変わらないエネルギー多消費型であることを改めて突きつけました。新しい原発の建設だけではなく、既存原発の再稼働も難しく、この夏は今までの暮らしを考え直す機会となりました。地球温暖化を克服するためにも、私たちは、どのような生活、住宅、都市を構築していかなければならないのでしょうか。また、復興に向けて動き始めた被災地は、どのような新たな街、都市を築いていけばいいのでしょうか。
我々は「低炭素都市」、「スマートシティー」と呼ばれる次世代の都市を実現する技術を既に手にしています。例えば、太陽光パネル、燃料電池で作り出したエネルギーを効率よく使い、蓄える技術。「創エネ・蓄エネ・省エネ」。これからは、その技術をどう普及させ、広げるかが課題です。また、その技術は日本の企業が世界に勝る環境技術であり、ビジネスチャンスでもあります。
試みは始まっています。経団連が提唱する「未来都市モデルプロジェクト」。日本の11都市で、自治体と企業が連携して、環境技術、医療・介護、次世代交通、先進農業など、私たちの目の前にある課題を乗り越えようとする試みです。そして、試みは被災地の復興にも生かせる街づくりでもあります。この分科会では、このモデルプロジェクトを題材に、我々が目指す住まい、都市を考えたいと思います。

一色 誠一
JX日鉱日石エネルギー 専務執行役員
1972年4月、日本石油株式会社に入社。財務部長、経理部長を経て、2003年6月、新日本石油株式会社取締役経理部長。2006年6月から、常務取締役執行役員経営管理第2本部長を務める。その後、2008年4月に株式会社ENEOSセルテック代表取締役社長に就任。世界初となる家庭用燃料電池エネファームの商品化を推進した。2011年4月より、現職。
私たちJXグループは、「石油精製販売」「石油開発」「金属」「新エネルギー」、4つの事業を柱に、総合的なエネルギーの安定供給に取り組んでいます。柱の1つである「新エネルギー」事業では、自立・分散型エネルギーネットワークの構築により、低炭素社会の実現を目指します。今年10月には、世界最高の発電効率を持つ新型の家庭用燃料電池エネファームを発売予定。太陽光発電、蓄電池との組み合わせで、「省エネ」「再エネ」「自立」といった顧客ニーズに対応し、ご家庭のエネルギーを「つくって」「ためて」「つかう」生活の実現に貢献します。本講演では、これらの構想および具体的な取り組みをご紹介いたします。

金谷 年展
慶応義塾大学大学院政策メディア研究科教授
1962年札幌市生まれ。東北大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。90年富士総合研究所に入り、同主事研究員、青森県立保健大学健康科学部助教授、慶応義塾大学大学院政策メディア研究科助教授を経て2007年より同教授(エネルギー・環境政策)。生活者重視社会、循環型社会、地域資源活用型社会に向けた社会システム研究に従事。1988年日本地理学会奨励賞受賞。主著に「メルセデス・ベンツに乗るということ」(共著)、「マイクロパワー革命」(同)「凶器になる家ならない家」、「クール・ソリューション」など。

鈴木 敦子
環境ビジネスエージェンシー代表取締役
1992年学習院大学法学部政治学科卒業。大手製紙会社、環境コンサルティング企業を経て2003年NPO法人「環境リレーションズ研究所」を設立し、理事長に就任。環境分野に特化した経営コンサルティング会社の設立にも参加し、05年同社を再編した「環境ビジネスエージェンシー」の代表取締役に就任し現在に至る。環境省の環境ビジネスウイメン懇談会メンバーとなり、一般社団法人環境ビジネスウイメン理事としても活動。エコ商品の開発や企業の環境プロジェクトを数多く手がけ、著書に「環境ビジネスウイメン」(共著)など。

小此木 潔
朝日新聞社編集委員
1952年群馬県生まれ。75年東京大学経済学部経済学科卒業、朝日新聞入社。富山支局、奈良支局、大阪経済部、東京経済部、ニューヨーク支局、論説委員、東京経済部デスク、静岡支局長、東京経済部長、編集局長補佐、論説副主幹(経済・環境・社会保障など担当)を経て2011年4月から編集委員。現在は財政や社会保障などを担当。著書に「消費税をどうするか」「財政構造改革」「デフレ論争のABC」。
地球環境・エネルギー問題の将来は、最先端技術の開発もさることながら、既存の技術との組み合わせや防災の側面も含めて幅広い視点からとらえる必要がある。たとえば、自然エネルギーによる発電や熱を蓄電池、燃料電池、天然ガスタービン、スマートグリッド、ビルや住宅の断熱技術などと組み合わせたり、有効利用を図ったりすることで、エネルギーの地産地消、分散型電源立地、エコタウンといった新しい基盤づくりの展望が開けてくる。東日本大震災からの復興の過程で温暖化対策や環境との調和をはかりつつ、こうした技術の活用・開発を通じて「耐震モデル」と呼べる最先端のシステムおよび商品群を生みだしたい。
それをブランドとして確立することが日本全体の創造的再生に役立つ。それらの技術とシステム、商品を発展著しいアジア諸国をはじめとするグローバルな市場に発信してゆくことで、日本の生き残り戦略となるばかりではない。世界の人々に安心・安全で効率的な技術、商品、システムを広げてゆくことで、日本のグローバルな貢献の道につながる。そうした長期的な展望も含めて環境ビジネスや技術の新潮流を考える。
世界の環境技術やエネルギー問題に詳しく、ビジネスにも造詣が深い慶応大学教授・金谷年展氏と、環境ビジネスエージェンシー代表取締役でNPO代表でもある鈴木敦子氏のトークを通じ、日本と世界の未来を開く技術や商品、システム、ライフスタイルなどの可能性を幅広くとりあげる。
金谷氏による「クール・ソリューション」(既存技術をも活用した賢明なエコ技術の活用)の提案は、再生可能エネルギーである風力・太陽光・バイオマスなどと新鋭ガスタービンを駆使したコージェネ、蓄電技術の組み合わせから、ディーゼルなど内燃機関の見直し、日本の伝統的な「すだれ」などの地味だが効果の大きい技術を生かした断熱の工夫や、風の通り道をうまく生かした「パッシブ・エコ」思想による建築設計にまで及ぶ。
鈴木氏は、日本企業が開発しながら外資が成果を享受しようとしている海洋温度差発電や、15万人の一般生活者が参加する森林再生活動「PresentTree」などの事例を踏まえ、環境ベンチャー育成のための技術審査能力を高める必要性や、金融インフラ整備、環境政策の視点の転換等の課題を指摘。さらに消費者の選好や行動を通じたビジネス・技術の新たな展開を提案する。

枝廣 淳子
環境ジャーナリスト
東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。企業のCSR活動などを支援する有限会社「イーズ」代表、持続可能な社会に向け日本から情報発信する環境NGO「ジャパン・フォー・サステナビリティ」代表。アル・ゴア氏著『不都合な真実』の翻訳など、環境問題の多数の執筆・翻訳で知られ、2011年1月には、経済成長を前提としない幸せのあり方を模索する「幸せ経済社会研究所」を設立。福田・麻生政権で「地球温暖化問題に関する懇談会」メンバー、11年6月の自然エネルギーに関する「総理・有識者オープン懇談会」にも参加している。

永田 哲朗
日本風力発電協会代表理事
1950年生まれ、東京大学経済学部卒、シカゴ大学経営大学院卒。74年、東京電力入社後、新エネルギー・産業技術総合開発機構企画部企画課長や東京電力国際部部長などを経て、2002年に風力発電事業者「ユーラスエナジーホールディングス」副社長に就任。03年から社長。この間、日米欧を軸に事業を拡大、今年4月に設備容量200万kWを達成した。韓国、米国では太陽光発電事業も推進している。04年から新エネルギー財団理事、10年から日本風力発電協会代表理事。風力発電の導入意義などを政府などに積極的に訴えている。

原 亮弘
おひさま進歩エネルギー社長
1949年、長野県下伊那郡鼎(かなえ)村(現飯田市)生まれ。メーカー系信販会社や食品メーカーを経て、83年に帰省、飯田市鼎公民館文化委員長として青少年の健全育成活動にかかわる。2004年にNPO法人「南信州おひさま進歩」を設立して事務局長に、07年には「おひさま進歩エネルギー株式会社」の社長に就任、太陽光パネルなど自然エネルギーの普及に取り組んできた。飯田市環境アドバイザーや長野県地球温暖化防止活動推進員も歴任。地域の伝統芸能である「伊那谷の屋台獅子」の伝承にも努めている。

小森 敦司
朝日新聞社記者
東京都出身。1987年入社。千葉、静岡両支局、名古屋・東京の経済部に勤務。金融や経済産業省を担当。ロンドン特派員(02~05年)として世界のエネルギー情勢を取材。社内シンクタンク「アジアネットワーク」で域内エネルギー協力を研究。08年から編集委員、11年からエネルギー資源・環境担当専門記者。著書に「資源争奪戦を超えて」、共著に「失われた〈20年〉」、「エコ・ウオーズ~低炭素社会への挑戦」。
自然エネルギー(再生可能エネルギー)に関する「神話」を明らかにするとともに、その「実力」を知り、大量導入への課題と具体策を考えます。
3月11日の東日本大震災以降、自然エネルギーの導入は、日本のエネルギー政策の中心テーマになりました。国産エネルギーで、地球環境に優しい電源として、太陽光や風力、地熱、小水力、バイオマスといった自然エネルギーの出番となったのです。
しかし、過去において、自然エネルギーは、お天気次第で不安定だとか、コストが高い、景観が悪くなる、など様々な理由がつけられて、「まだまだ」とされてきました。それで、日本の発電電力量に占める自然エネルギーの割合は、いま、わずか1%(大規模水力のぞく)という現実があります。
ところが、世界をみれば、自然エネルギーの導入に勢いがついているのは明らかです。スペインでは最近、電力の54%余を風力が占めた時がありました。脱原発を決めたドイツは、再生可能エネルギーの電力比率を20年までに35%へ倍増させる、といいます。関連産業も急成長し、風力発電では、欧米や中国、インドのメーカーがしのぎを削ります。日本勢が得意とした太陽光発電では、中国や台湾勢がシェアを伸ばしています。
とてつもない原発事故を経験した日本として、自然エネルギーの導入をどう進めていくのか。「再生可能エネルギー特別措置法案」の成立を受けて、同法による自然エネルギーの固定価格買い取り制度に実効性を持たせることなどが、その第一歩として期待されています。
そこで、環境ジャーナリスト・枝廣淳子さんには、世界の自然エネルギーをめぐる動きを紹介いただくとともに、歴代政権への「助言役」の経験を踏まえ、改めて、日本の政治に求める具体策を伺います。
自然エネルギーの最前線からはお二人。日本風力発電協会の永田哲朗代表理事には、内外の風力発電の状況に加え、世界で事業展開する風力発電会社のトップとしての経験・抱負を語っていただきます。長野県飯田市で太陽光の普及を進めてきた「おひさま進歩エネルギー」の原亮弘社長には、企業や市民、行政の役割、協力のあり方、また、エネルギーの地産地消への展望を語っていただきます。

渕上 巌
京セラソーラーコーポレーション 代表取締役専務
1981年に京セラ株式会社へ入社。以降一貫して、太陽光発電システムの普及、販売業務に携わる。国内初の住宅用太陽光発電システム販売の中心的役割を担い、その普及拡大に努める。96年に国内向け販売会社 株式会社京セラソーラーコーポレーションの立ち上げに尽力。98年には取締役に就任。2007年に営業本部長、08年に常務取締役を歴任し、10年4月より現職。
東日本大震災以後、日本の「再生可能エネルギー」の実力、特に太陽光発電システムへの期待と課題が、日々大きく取り上げられてきました。
余剰電力の高価買取り制度が導入され、加速する住宅用市場と、「全量買取り制度」の導入が予定される産業用市場において、今、現場で展開される導入実例を通じて、更なる普及促進を果たしていくための取り組みをご紹介いたします。

畠山 重篤
カキ養殖業
牡蠣の森を慕う会代表、NPO法人「森は海の恋人」代表。京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授。海の汚染でカキが被害を受けたことをきっかけに、豊かな海を保つために森を守ることに目を向けた。1989年から、養殖業を営む宮城県気仙沼市の気仙沼湾に注ぐ川の上流、岩手県一関市の山に漁師自ら広葉樹の木を植える「森は海の恋人」運動を続けている。子どもたちを養殖場へ招き、環境教育のための体験学習も続け、1万人を超える。東日本大震災で養殖場が全壊、船、作業場も被害を受けた。著書に「鉄は魔法つかい」、「森は海の恋人」など。

速水 亨
速水林業代表、日本林業経営者協会会長
三重県紀北町で江戸時代から続く速水林業の9代目。優れた木材として知られる「尾鷲ヒノキ」を生産。適切な間伐を行い光が差しこみ下草や広葉樹がはえる林をつくり、生物多様性の高い人工林の育成に努める。ヒノキ林の植物種は243種。2000年、適切に管理された森林で、持続的に生産された木材を評価する国際的な森林認証制度「FSC」認証を、日本で最初に取得。09年、行政刷新会議の事業仕分けに民間の「仕分け人」として参加。国際森林年国内委員会委員。著書に「機械化林業への取組み」(共著)、「森林の百科」(共著)など。

中静 透
東北大学大学院生命科学研究科教授
専門は森林生態学、生物多様性科学。農林水産省森林総合研究所主任研究官、京都大学生態学研究センター教授、総合地球環境学研究所教授を経て現職。日本生態学会会長。日本の温帯樹林、マレーシアやタイの熱帯雨林の多様性や森林の世代交代を研究。森林タイプや管理の違いが生物多様性に与える影響も探る。日本の生物多様性の状況を評価し、環境省が2010年に発表した「生物多様性総合評価」の検討委員会で座長を務めた。著書に「森のスケッチ」、「生物多様性はなぜ大切か?」(共著)など。

神田 明美
朝日新聞社記者
1992年入社。東京社会グループなどを経て、2009年4月より名古屋報道センター。08年の年間連載企画「環境元年」の取材班に参加し、地球温暖化のほか、都市交通や食料、持続可能な資源の利用とからめて環境問題を担当。国内外で、地球温暖化や、生物多様性の危機・保全の現場を取材した。10年に、名古屋市で開かれた国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)を取材。共著に「地球よ 環境元年宣言」など。
地球上の多種多様な生きものが守られ、自然を持続的に利用していくことの重要性を、国際社会は昨年、確認し、新しい保全目標やルールを決めました。名古屋市で開かれた国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で決めた目標に向けて、わたしたちは責任を負っています。
多様な生きものの宝庫が森林です。二酸化炭素を吸収し、「緑のダム」と言われるように雨水から土砂災害を防ぎ、水源を涵養します。暮らしに欠かすことができない木材にもなります。豊かな森の土壌に蓄えられた水は、川から海へ流れ魚や貝を育てる栄養源になります。人間にとっての恵みは計り知れません。
日本の森は極端に面積が減っているわけではありません。スギやヒノキの人工林を中心に森の木の量はむしろ増えています。ですが、林業経営が衰退し、手入れがされない森林では下草が生えず荒廃しています。
水源や生きもののために広葉樹の植林活動が広がっていますが、スギやヒノキの森も手入れがされれば恵みをもたらします。
分科会では、森と生物多様性の関係、水の循環に果たす役割を、現場で活躍されている方々から、実例を元にお話いただきます。さらに、生きものと水を育む森を守り、持続的に利用し続けるためには何が課題になっているのか、政府や企業、市民の役割はそれぞれ何なのか、考えます。
3月11日に発生した東日本大震災に関連した議論も展開します。震災では多くの家屋が倒壊したり津波で流されたりしました。被災地では住宅を建て直す必要があり、日本の森林資源を積極的に活用していこうという提案も出始めています。林業が復興に大きな役割を果たすことになります。
漁師が豊かな海を守ろうと自ら植林する活動はいまや全国に広がっていますが、畠山重篤さんは、22年前から毎年、森に木を植えてきました。森の水が海へと流れ、恵みをもたらしている実例をうかがいます。速水亨さんには、人工林の中での生きものの多様性や、日本の林業の現状、持続可能な森林経営で何が課題となっているのか、お話いただきます。中静透さんは、国内外の森林の研究を長年続けてきました。森林の生物多様性と持続的な利用を、世界的な視点も含めてうかがいます。

山田 健
サントリーホールディングス エコ戦略部部長・シニアスペシャリスト
1978年、東京大学文学部卒。同年、コピーライターとしてサントリーへ入社。ウイスキー、ワイン、音楽、環境等の広告を手がける。2001年、天然水を使用しているサントリーの工場の水源涵養エリアで、地下水涵養のために森林を整備する「サントリー天然水の森」計画を立案。環境広告「水と生きる」のクリエイティブ・ディレクターを経て、現職。全国7000ヘクタールの「サントリー天然水の森」を舞台に、森林整備および研究活動を推進している。環境小説「ゴチソウ山」「遺言状のオイシイ罠」など著書多数。日本ペンクラブ会員。
わが社の主要製品である、ビール、清涼飲料、ウイスキーなどは、すべて良質の地下水に依存しています。この貴重な地下水を守るために、わが社では、全国の工場の水源涵養エリアで「天然水の森」事業を展開しています。専門家と共に、30年、50年先の森の姿を見据えた整備計画を策定し、地元の林業家と一緒に整備活動を進めています。日本の森は、今、危機的状況にあります。森が荒れ、森林土壌の流失や大規模ながけ崩れなどが起こると、地下水の涵養力は急速に低下します。これらの問題を解決するためサントリーでは、30人を超える専門家との研究体制を組んでいます。全国の「サントリー天然水の森」で進行している研究・整備活動についてご報告します。

ポーラ・ハンコックス
米CNNインターナショナル・ソウル支局記者
米CNN特派員としてソウル支局に在籍。朝鮮半島や東アジア地域を担当している。東日本大震災では、震源地に近い南三陸町に最初に入った外国人記者で、被災現場の最新の映像を全世界に送った。2004年12月に起きたスマトラ沖地震でも、インドネシア西部から津波の被害を速報している。ソウル駐在の前はエルサレム支局員として中東問題を幅広く取材した。英ウェールズ大学で放送ジャーナリズムの学位を取得し、1997年にCNNに入社。

ベティナ・ガウス
独taz紙編集委員
1956年ミュンヘン生まれ。ベルリンに拠点を置く全国紙taz編集委員。82年から89年まで放送局ドイチェ・ヴェレの政治エディター。その後、tazに移り、96年から99年まで議会取材の責任者を務めた。また、ナイロビに駐在し、6年にわたってアフリカの取材も経験している。テレビの政治討論番組のレギュラーゲストも務めている。多数の著書があり、近刊「過小評価された大陸」は9月初旬に発行される。

邱震海
香港フェニックステレビ コメンテーター
上海出身。2004年に香港フェニックステレビに入り、外交問題のコメンテーターを務めるほか、自らの名を冠した討論番組を持つ。また、日中や米中関係、朝鮮半島問題などについて中国や香港、シンガポールなどの新聞に寄稿している。1991年から97年までのドイツ留学中は香港・文匯報の特派員も務めた。国際問題の研究者として上海の同済大学で修士号、ドイツ・チュービンゲン大学で博士号を取得。

五十嵐 浩司
朝日新聞社編集委員
テレビ朝日「報道ステーション」コメンテーター、今秋より東京大学大学院客員教授(メディア&ジャーナリズム論)。79年朝日新聞入社、大阪社会部「事件記者」を経て英国留学後、ナイロビ、ワシントン、ニューヨークに駐在。大阪・東京の編集局長補佐、朝日新聞ジャーナリスト学校事務局長などを歴任する。
東日本大震災と、これに続く福島第一原発事故は、日本だけでなく、世界を文字どおり揺るがせました。その後の国際社会の反応は、「忍耐強く、冷静な被災者、国民への称賛」と、「原発事故への対応が遅い日本政府への苛立ち」が、相半ばするものだったといえるでしょう。
こうした反応のかなりの部分は、海外のメディアの報道や論評によるものです。
大震災発生直後から、海外の新聞、テレビなどは、エース級の記者を続々と現地入りさせました。CNNのポーラ・ハンコックスさんは、宮城県南三陸町に震災後初めて足を踏み入れた外国人ジャーナリストの一人です。そこで彼女は何を見て、何を感じたのでしょうか。スマトラ沖地震による大津波の「その後」をインドネシアで取材した経験もあり、復旧・復興でも比較考察が伺えそうです。また、戦争や災害の現場にピンポイントで取材に入り、大量のニュースを世界に流す「CNN型報道」のあり方についても意見を交わしたいと思います。
今回の大震災後のメディア報道で注目すべきは、「フクシマをどう報じたか」です。在東京大使館の多くが避難の指示や勧告を出すなか、海外のジャーナリストはどう動いたのか。また、放射性物質飛散の報道に、それぞれの国ではどう反応したのか。
とりわけ、「フクシマが原発政策の転換をもたらした」ドイツでは、どう報じられていたのでしょうか。一部に「誇張」「不正確」という批判もあるなか、その報道と国民の受け止め方をベティナ・ガウスさんに論じてもらいます。リベラル系新聞に執筆すると同時に、テレビでも鋭い時評を続ける彼女は、まさに最適な論者でしょう。
邱震海さんは、香港のテレビ局が主な活動場所ですが、中国生まれで、上海の新聞で働き、いまも上海の大学で教壇に立ちます。ドイツ暮らしが長く、海外向けドイツ放送の特派員も努めました。このため、中国、香港、欧州をにらんだ複眼的な議論が期待できそうです。中国は3.11後も原発推進政策を変えておらず、こうした政策決定にメディア報道、世論形成がどこまで有効なのかも興味のあるところです。
原発事故に関する報道で、日本のマスメディアに対しては、とくに海外から「発表の域を出ない」「国民に危険性を正しく伝えない」といった批判も起きました。この分科会の議論は、世界に日本をどう発信していくかと同時に、こうした日本メディアの検証にもなるでしょう。


宮台 真司
社会学者、映画批評家、首都大学東京教授
1959年仙台市生まれ。京都市で育つ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で単著20冊、共著を含めると100冊の著書がある。最近の著作には『14歳からの社会学』『〈世界〉はそもそもデタラメである』などがある。キーワードは、全体性、ソーシャルデザイン、アーキテクチャ、根源的未規定性、など。

岡田 武史
サッカー日本代表前監督
1956年、大阪府出身。80年、早大から古河電工に入り主にDFとして活躍。日本代表にも選ばれた。97年、日本代表コーチから監督に就任し、W杯初出場に導いた。その後、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノス監督を歴任。横浜マでは2003、04年にJ1を連覇。07年、病に倒れたオシム監督に代わり2度目の代表監督に就く。10年W杯南アフリカ大会で16強入りを果たす。 現在は一般社団法人「Okada Institute Japan」を立ち上げ、子どもや若者を対象に自然体験学習、スポーツ、環境教育を組み合わせた教育プログラムづくりと実践に取り組んでいる。日本サッカー協会理事のほか、早大と立教大の客員教授、文部科学省参与などを務める。
巨大地震、予想を超える大津波、安全神話を崩壊させた原発事故――。「3・11」の体験は、日本人がこれまで築き上げ、信頼を置いていた暮らし方や価値観を、激しく揺さぶりました。私たちはある日突然、歴史の転換点に立たされてしまった、といえるかもしれません。では、どこに向かって進むのか、どんな日本にしていくのか―。
「ライブトーク『私たちの進む道』 with 未来授業」は、次代を担う若者を対象に開催する「特別講義」です。若者の注目を集める話題の講師が、「環境とエネルギーはどうあるべきか」「国と個人の関係はどう変わる」などのホットなテーマを投げかけ、会場が一体となって、これからの日本と自分たちの立ち位置などを論じあいます。対象は大学生(短大生、専門学校生を含む)、大学院生です。
TOKYO FMとの協力で企画・制作に当たるもので、10月10日、特別番組として放送する他、ビデオポッドキャストで映像と音声を配信し、当日の白熱した時間をライブ感覚で広く共有してもらおうと思っています。
当日、学生との真剣勝負に登壇する講師は、宮台真司・首都大学東京教授(社会学)と岡田武史・サッカー日本代表前監督の2人。
宮台教授は、原発社会からの離脱に向けて論陣を張っており、3・11からの復興に向けて、思考停止からの自由ともいえる「システム依存からの脱却」を唱え、日本人の価値観の見直しを迫ります。
岡田・前監督は、サッカー指導者としての力量もさることながら、環境とスポーツに強く関心を寄せており、北海道・富良野自然塾で大学生の野外実習の指導に当たるなど、子どもや若者に自然体験の意味を伝え、環境問題を身近なものとしてとらえることの大切さを訴えています。
2人とも、大学の授業や特別講座で、学生を相手にした魅力的な授業を展開することで知られています。学生に発言を求めながら進める「ライブトーク」は、TOKYO FMが今年2月に実施して放送した「未来授業」の流れを受け継ぐもので、今回も、これからの「環境の時代」を生きる大学生ら若い世代を大いに触発して、元気づける場となることを期待しています。