第60回日本脳神経外科学会総会ランチョンセミナー
脳神経核医学とEBM
林田 孝平(国立循環器病センター 放射線診療部)
EC/ICバイパスにおける脳血流定量測定の意義
1. はじめに
脳血流定量法は、脳の血管障害患者の重症度分類を行なうことができる。この重症度分類を内頚と外頚動脈を吻合する脳血管バイパス術(脳血管バイパス術)の適応決定に応用し、手術有効例をあらかじめ選択できれば、脳SPECTがEBM実践のツールとなりうる。脳血管障害などで灌流圧が低下すると、まず血管が拡張するため脳血液量が増加し循環予備能が働いてくる(stageI群)。さらに自動調節能の範囲を越えると徐々に脳血流は低下し代謝予備能が働いてくる(stageII群)(図.1)1)。このstageII群は、貧困灌流とも呼ばれ、脳血管バイパス術の有効群と考えられている。
2. JET studyにおける定量脳SPECT測定法の役割
脳血管バイパス術は脳内の血流を増加させることにより脳虚血を改善する(理論)と考えられていた。しかし、1985年、ランダム化比較試験で、脳血管バイパス術が、脳虚血発作の防止に効果がない(論理)と報告された2)。この「論理」により、欧米の脳血管バイパス術はほとんど行われなくなった。これに対し、日本でも脳血管バイパス術の有効性に関する研究がされたが、無作為的な振り分けも厳密でなく、1985年、ランダム化比較試験の結果を看破できるエビデンスが得られなかった。このことは、現在保険適用され確立されている医療行為そのものが、否定されることにもなりうる。散見される論文では、脳血管バイパス術の効果があったと報告されている(事実)3)が「非実験的記述的研究」であり、エビデンスが低い。今回、定量脳SPECT測定法による重症度評価を取り入れて、「ランダム化比較試験」を行うことになり、脳血管バイパス術の治療効果についてより高いエビデンスを求めることになった。岩手医大、小川彰教授を中心として、「脳主幹動脈閉塞性病変による高次脳機能の病態と予防的治療に関する研究」が循環器研究委託事業として1998年に開始された。英文の研究名はJapanese EC/IC bypass Trialであり、略称JET studyと呼ばれている。研究目的は1)血行力学的脳虚血に対する脳血管バイパス術の再発予防効果を明らかにすることと、2)脳血管バイパス術による高次脳機能の改善あるいは悪化予防効果を明らかにすることである。対象は、73歳以下で、3ヶ月以内の一過性脳虚血発作がある患者で、主幹脳動脈に高度狭窄か閉塞を有し、CT, MRIで梗塞巣を認めない症例である。貧困灌流の選別のため、脳SPECTで正常脳血流量に対して80%未満に加え、アセタゾルアマイド負荷による脳血流増加率10%未満〜0%以上を中等症、0%未満を重症として分類した(図.2)。本基準に合致すれば、脳血管バイパス術の適応症例として登録され、国立循環器病センター治験管理室にて無作為法にて薬物療法(以下薬物群)または外科療法(以下外科群)に振り分けられた。本基準に合致した症例は、2001年11月5日現在192例が登録された。無作為法にて、中等症104例(薬物群52例、外科群52例)、重症88例(薬物群42例、外科群46例)に振り分けられた。このうち、1年以上の追跡調査が行えたのは、61例(32%)である。脳血流量および脳血管反応性について登録時と1年後を比較した結果、脳血流量は、中等症例、重症例ともに、薬物群では変化なく、外科群では有意な増加を認めた (p<0.01)(図.3)。脳血管反応性は、中等症例と重症例の外科群および重症例の薬物群では有意な改善を認められたが(p<0.01)、中等症例の薬物群では改善が認められなかった。外科群の改善度は薬物群に比し中等症例で1.16倍、重症例の2.23倍であった(図.4)。
3.まとめ 脳血管バイパス術の適応例は貧困灌流、すなわち脳血流が低下し脳代謝が保たれている病態である。これらの症例ではバイパスによる脳血流の改善により貧困灌流が改善され、血行力学的な脳虚血の発症率の低下をもたらし治療法の有効性の確認ができる。しかし、研究目的である血行力学的脳虚血に対する脳血管バイパス術の再発予防効果、あるいは高次脳機能の改善効果は未だエビデンスがない。定量脳SPECTでは、脳血流の改善から少数サンプルの統計処理にて、脳血管バイパス術の有効性が予見できる。従って、脳SPECTの役割は、脳血管障害患者の重症度分類により貧困灌流に分類できるのみならず、マススタディの効果の指針となりうる。
参考文献
1. Powers W, Grubb R, Raichle M. physiologic responses to focal cerebral ischemia in humans. Ann Neurol 1984; 16:546-552.
2. TheEC/IC bypass study group. Failure of extracranial intracranial arterial bypass to reduce the risk of ischemic stroke. N Engl J Med 1985; 313:1191-1200.
3. Bogousslavsky J, Wong W, Barnett H, Fox A. Bilateral occlusion of the trunk of the middle cerebral artery Results of an international randomized trail The EC/IC bypass study group. Stroke 1986; 17:1107-1111.
(この論文は、2001年10月24日、第60回日本脳神経外科学会総会ランチョンセミナー「脳神経核医学とEBM」の「EC/ICバイパスにおける脳血流定量測定の意義」というタイトルでお話いただいた内容を林田先生ご自身にまとめていただいたものです。) |
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図1 脳血管障害の重症度
図2 Registration for JET study
図3 Change of CBF in 12 months
図4 Change of vasoreactivity in 12 months
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