ニュースレター No.9 2002.4.27

第60回日本脳神経外科学会総会ランチョンセミナー
脳神経核医学とEBM
米倉義晴(福井医科大学高エネルギー医学研究センター)

EBMにおける核医学の役割

1. はじめに
 従来の医療は診療を行う医師個人の知識や経験によるところが大きかったが,最近の動向として明らかに検証された証拠に基づく医療(evidence-based medicine: EBM)へと向かう大きな流れがある。その中で脳核医学がどのような役割を果たすことができるのかについて考えてみたい。
 EBMの考え方は1990年代になって導入されたものであり,「個々の患者のマネジメントにおいて,現在の臨床医学研究から得られる最前のEvidenceを良心的に思慮深く使っていくこと」と定義されている。従来から,核医学検査は機能診断法として臨床診療に役立ってきたが,EBMの導入によってより重要な位置を占めることが期待されている。EBMにおける脳核医学の役割としては,まず,EBMに貢献できるような機能診断法の確立がある。さらに疾患の治療と予防の面からは,治療方針を決定する際の客観的な指標として用いることができる。


2. EBMと核医学
 核医学検査は,本来,機能測定法として日常診療で重要な位置をしめており,EBMに向けた客観的なデータを提供するには適した道具である。しかし,実際の測定においては,各施設間で大きなばらつきが存在するのも事実である。そのために,臨床研究としては優れた研究成果が出されても,そのデータを普遍化して他の施設で利用するには解決しなければならないいくつかの問題が残されていることが多い。
 脳の核医学検査で最も重要な問題は,得られる定量的測定値の信頼性である。ある施設で検査して得られた数値がどれだけ臨床的な意味を持っているかは,そのデータの信頼性に関わる重要な問題である。高いレベルのEvidenceを得るためには,多くの施設からデータを集めて客観的な評価が行われることが多いが,その際に得られるデータに信頼性が乏しいとデータとしてはきわめて不十分なものになるのは言うまでもない。EBMの導入に先駆的な役割を果たした英国オックスフォードセンターの提唱するEvidenceの基準を見ると,症例選択におけるランダム化とともに,複数の研究施設におけるデータのまとめが重要であることが示されている(スライド1)


3.EBMに役立つ核医学をめざして
 例えば,脳主幹動脈閉塞性病変により脳酸素摂取率が増加したMisery Perfusionを呈する症例では,追跡調査により脳梗塞の発症するリスクが高く,また長期間の経過により神経細胞の脱落をもたらす可能性が示唆されている。これらの臨床研究は積極的な血行再建術の有用性を示唆するものだが,より高いレベルのEvidenceを得るためにはランダム化比較試験が欠かせない。岩手医科大学の小川教授を中心として脳血管バイパス術の予防的治療に関する多施設共同研究(JET Study)が現在進行中だが,この中で患者の選択基準に脳血流SPECT検査が取り入れられていることは核医学検査への期待が大きいことが伺える。これは,治療法の選択にあたって核医学の定量的指標を導入することによって客観的な基準に基づいた診療を行おうとするものである。
 しかし,脳SPECT検査で得られる定量値の信頼性はとても満足すべきものではない。これは,さまざまな要因によって脳血流SPECT検査の定量値が影響を受けることと,各施設で使用するSPECT装置の精度管理が統一化されていないためである(スライド2)。信頼性の高いEvidenceを提供するためには,測定法の精度と誤差要因に関するきちんとした解析を行って,信頼性の高い方法を選択する必要がある(スライド3)。これには,目的に対応したトレーサの選択,適切な測定法と解析法の採用が含まれる。
 日本核医学会の分科会として発足した日本脳神経核医学研究会では,脳核医学に関する基礎及び臨床研究の推進と普及をはかることを目的としている。この目的を達成するために,研究会やセミナーなどを通じて脳核医学に関する情報の交換と知識の啓蒙を行っているが,一方ではワーキンググループを設置して脳核医学検査の信頼性を高めるための作業を開始した(スライド4)。脳血流SPECTの臨床利用のガイドライン作成とともに,脳SPECT装置の精度管理と測定法の標準化が重要な課題であると認識しており,臨床に役立つ検査法として確立していきたいと考えている。

(この論文は、2001年10月24日、第60回日本脳神経外科学会総会ランチョンセミナー「脳神経核医学とEBM」の「EBMにおける核医学の役割」というタイトルでお話いただいた内容を米倉先生ご自身にまとめていただいたものです。)
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スライド1 Level of Evidence (Oxford Centre)


スライド2 脳血流量測定に与える影響


スライド3 信頼性の高い Evidence を得るために


スライド4 JCNN ワーキンググループ