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脳科学と社会
東北大学加齢医学研究所
川島隆太
私たちは、脳科学基礎研究の研究成果を、教育や福祉領域に応用することを目指した社会技術研究として、スマートエイジング研究を展開しています。この研究では、脳科学の知識と技術を生かして、何らかの外的刺激もしくは精神作業によって、人間の脳機能や認知機能を維持・向上させ、その結果、全てのひとが、いつまでも健やかで豊かな生活を送ることが可能となる持続的社会の創生を目指しています。加齢に伴い知恵や知識などを必要とする認知活動は向上しますが、人間のみが特別に発達している前頭前野の機能は成長が終わった直後から直線的に低下します。我々は、加齢によって失うものの多くは、この前頭前野の機能低下によるものと考え、主として健康な人の前頭前野機能を維持・向上させるシステム開発を行ってきました。これまでに認知症の症状改善(学習療法)、予防につながるシステムを提案し、実際に広く社会で使われています。
川島隆太(かわしまりゅうた)
東北大学加齢医学研究所教授。昭和34年生れ。千葉県千葉市出身。昭和60年東北大学医学部卒業、平成元年東北大学大学院医学研究科修了、スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、同講師、東北大学未来科学技術共同研究センター教授を経て平成18年より現職。平成20年より東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー。脳科学基礎研究として、小動物の脳神経細胞の代謝と循環を調べる脳ダイナミクス研究、人間の心の働きを画像化する脳機能イメージング研究、そしてそれらの研究成果を、教育や福祉領域に応用することを目指した社会技術研究まで、広範囲の研究を、医学、理学、生命科学、工学、薬学、言語学、教育学、芸術学などとの学際的共同研究を行いつつ展開している。内閣府男女共同参画会議専門調査会専門委員。前文化審議会国語分科会委員。主な受賞として、平成8年第34回日本核医学会賞、平成18年科学技術への顕著な貢献in2006(ナイスステップな研究者)文部科学省科学技術政策研究所、平成20年「情報通信月間」総務大臣表彰。査読付き英文学術論文150編以上、著書に「自分の脳を自分で育てる」(くもん出版)、「高次機能のブレインイメージング」(医学書院)、「脳を鍛える大人のドリル」(くもん出版)など、100冊以上を出版。研究室ホームページ。
ISO9001を基盤とした医療の質向上活動
早稲田大学理工学術院
棟近雅彦
医療の質保証の重要性が着目されるようになったのは、直接のきっかけは大きな医療事故が多発したことであるかもしれません。しかし、医療の高度化・複雑化、チーム医療・組織医療の重要性が増してきており、質保証への取り組み方に変革が求められているのは必然の流れといえます。これからは、個人の能力や意欲に依存した形から脱却し、組織的な質保証のための活動が必要になってきています。つまり、質のよい製品・サービスを組織的に提供するための業務のやり方、仕組みである質マネジメントシステム(Quality Management System)を構築することが不可欠です。
私たちは、現在7つの病院とともにQMS-H研究会を開催し、医療のQMSモデルの開発と、これらの病院への導入・推進に取り組んでいます。このモデルは、質マネジメントの国際規格であるISO9001を基盤にしています。本講演では、QMSの基本的考え方、意義をお話しした後に、医療QMSモデルと各病院での質向上活動を紹介します。
棟近雅彦(むねちかまさひこ)
早稲田大学理工学術院教授。昭和34年生まれ。東京都出身。昭和62年東京大学大学院工学系研究科修了、工学博士。同年東京大学工学部助手。平成4年早稲田大学理工学部専任講師、同助教授を経て、平成11年より現職。主な研究分野は、質マネジメントと統計解析。主要な関心領域は、TQM(Total Quality Management)、感性品質、医療の質保証、経営診断。医療の質保証を研究しはじめたのは、平成11年、ある医療者に医療への質マネジメント導入の支援を依頼されたのがきっかけである。その後、医療界にTQMを導入するためのプロジェクトNDP(National Demonstration Project on the Application of QC to Healthcare)や医療の質マネジメントシステムモデルを開発するためのQMS-H研究会を通じて、多くの病院との共同研究に取り組んでいる。ISOに関連しては、ISO/TC176(品質マネジメントと品質保証)に日本代表エキスパートとして1997年より参加し、質マネジメントの国際規格であるISO9000シリーズ規格2000年版、2008年版の作成に携わった。主な著書は、「医療の質用語事典」(日本規格協会)、「医療の質マネジメントシステム−医療機関必携 質向上につながるISO導入ガイド−」(日本規格協会)、「StatWorksによる新品質管理入門シリーズ」(日科技連出版社)など。研究室ホームページ。
「北の杜 145歳の素敵なコンサート・雪村いづみ(初代三人娘)&前田憲男(世界に誇るピアニスト)」
二人の出会いは半世紀前である。雪村いづみが単身アメリカに渡り歌手活動を始めた時に宝物の様にして持っていったのが前田憲男アレンジの譜面であった。現地で演奏ジャズメンたちが「本当にこの譜面は日本人がアレンジしたのか」とびっくりしたという。帰国後、国内での全国縦断ワンマンコンサートの為に書かれた前田憲男作曲の6分におよぶ名曲「約束」はその後の雪村いづみにとって生涯で一番のもち曲となっている。恐らく今回のコンサートでも披露されるであろう。
1934年生まれと1937年生まれの足すと145歳以上になる2人だが、現在も常に前向きでありわが国の音楽界で尊敬され目標にもされている。今回の約1時間のコンサート、歌に演奏に楽しいトークと充分に楽しめる筈である。
雪村いづみ
東京都出身。9歳の時に父を亡くしその数年後に母が事業に失敗、家計を助けるために中学卒業後、歌手を目指す。音楽家でもあった父の血を引き継ぎ又天性の感性の良さ、可憐な容姿でデビュー曲「想い出のワルツ」が大ヒット、当時戦後最短でスターになったと言われた。デビュー2年後、18歳で運命の出会いがある。当時既に大スターになっていた美空ひばり、江利チエミとの3人娘が結成され東宝映画「ジャンケン娘」が空前の大ヒットを記録、不動のスターとなった。ところが1959年、ミッキーカーチスとの婚約解消、母の借財などがあり、一転アメリカでの活動を志す。翌年1年間にわたり「ホリディ・イン・ジャパン」で全米縦断公演で評判を呼び、1961年には「ライフ誌」での表紙を飾った。帰国後日本人で初めてのワンマンコンサートで1年間で国内100ケ所を廻る。又1970年世界音楽祭で「涙」、1972年東京国際音楽祭で「私はなかない」でいづれもグランプリを獲得、日本の代表的歌手となる。NHK紅白歌合戦にも1954年以降10回出場している。1998年紫綬褒章受賞、2007年旭日小褒章受賞。又2006年には70回目の映画「そうかもしれない」で認知症の妻を演じ評判をとる。
前田憲男
大阪府出身。高校卒業と同時にプロのジャズピアニストとして活動を開始する。
1955年に上京、沢田駿吾とダブルビーツを皮切りに名門ウエストライナーズに在籍。この頃からピアニストとして高い評価を得るがアレンジャーとしても国内のジャズ、ポピュラーシンガーのステージ、レコーディング、TV番組など幅広い分野で活躍。TV番組では大橋巨泉との「11PM」(NTV)巨泉・前武の「ゲバゲバ90分」(NTV)等に出演、又「サウンドインS」(TBS)「ミュージック・フェアー」(フジTV)「ポップス倶楽部」(テレビ東京)「ザッツ・ミュージック」(NHK)等のテーマ音楽を担当。1980年国内最高のジャズメンを集めた{ウインドブレイカーズ}を結成、以来小さなライブハウスからフルオーケストラを率いる大劇場まで演奏活動も続けている。又ジャズ界最高位に値する「南里文雄賞」を受賞、ジャズ専門誌・スイングジャーナルの編曲部門でここ20年間ポールウイナーに選ばれている。間違いなく日本が世界に誇るジャズピアニスト・編曲家である。
「ナショナルセンター・ハンセン病療養所の今後の展開」
演者:厚生労働省医政局国立病院課
ホスピタル・クラウンが語る、笑いのチカラ、サービスのチカラ
日本ホスピタル・クラウン協会
有限会社プレジャー企画
大棟耕介
日本ではピエロという名称で呼ばれ、「白塗り」「しゃべらない」といったイメージがありますがピエロとはヨーロッパ伝統芸能の役名のひとつであり、私たちが普段ピエロと呼んでいるものは正式には『クラウン』といいます。クラウンには一人一人に名前があり、個性も豊かで誰もが共感を持つような親しみのある不思議な存在なのです。そんなクラウンの笑いや楽しさで、子供を中心とした入院患者を笑わせ、楽しませ、それにより創造性を膨らまし、能動性を引き出す事を目的にホスピタル・クラウンとして活動しています。
相手に楽しんでもらい、リラックスしてもらうためのおもてなしの場をつくるには、場の雰囲気を和やかにすることは欠かせない要素です。笑いが起こると場の空気が和みます。そして、相手に警戒心や拒否心を抱かせないようにするために役立つのも「笑い」です。「笑い」はおもてなしと切っても切り離せない大切なポイントです。「いいサービス」と「笑い」はいつもセットなのです。
大棟耕介(おおむねこうすけ)
有限会社プレジャー企画代表取締役、NPO法人日本ホスピタル・クラウン協会理事長、愛知教育大学非常勤講師。昭和44年生まれ。愛知県知多郡阿久比町出身。平成4年筑波大学体育専門学群卒業。同年名古屋鉄道株式会社入社。平成6年クラウンを始める。平成7年クラウンファミリー『プレジャーB』を結成。平成10年名古屋鉄道株式会社退社、同年有限会社プレジャー企画設立、代表取締役就任。平成15年フロリダのWCAコンペでシングル部門2位となる。平成16年病院で入院中の子供達を訪ねるホスピタルクラウンの活動を開始する。平成17年愛地球博のメインパレードを企画・制作、スタッフ教育・海外パフォーマー招聘・自身もレギュラー出演。パッチアダムスと共にロシアの病院慰問ツアーを以降毎年行う。平成18年NPO法人として日本ホスピタル・クラウン協会が認定される。同年、社団法人日本青年会議所第20回人間力大賞外務大臣奨励賞受賞。平成20年フロリダのWCAコンペでグループ部門1位になる。
病院を回る『ホスピタル・クラウン』の活動を日本を中心に世界中で行っており、新聞・雑誌・TVで数多く取り上げられ、講演やテレビ取材も多い。著書『ホスピタルクラウン』(サンクチュアリ出版)は、2008年TVドラマ化。現在は、「笑いは職場環境を変える」などの講演会を年間150本ほど行っている。
