ニュースレター No.1 2000.11.17

シンポジウム「脳核医学への期待」
神経内科の立場から
森 敏(京都府立医大・神経内科)

脳イメージングの経済効果

 本日は、「脳イメージングの経済効果」に焦点をあて、「脳イメージングが痴呆診療にどのようにからんでいけるか、またどのような問題点があるか」について討議したいと思います。
 
今なぜ痴呆か
 今後65歳以上の高齢患者は急速に増加し、2020年には患者の6割を占めるようになるといわれております(図1)。高齢者が増加しますと痴呆が問題となります。痴呆の有病率は80歳代では20%を超え、医療のみならず経済的にもおおきな問題となります。診療行為は今までは、有効性・安全性という観点のみから評価されてきましたが、今後あらゆる診療行為は、医療経済学的視点から見直されることになります。
 
脳イメージングの経済効果
 抗痴呆薬を使用することにより医療費・介護費を軽減できるという多くの報告があります。ただしこれらには、診断コストは含まれていません。「脳イメージングの経済効果」について思い出されるのは、イオマゼニルSPECTの痴呆症への適応を申請した時のことです。結果的には却下されましたが、その時の理由は「治療法のない疾患を診断しても意味がない」とのことでした。しかし、治療薬が販売された現在、事情は変わりました。脳イメージングが痴呆診療に果たす役割を、あらためて考え直さなければならない時期にきたといえます。
 
痴呆診療における脳イメージングの役割
 CT・MRIなどの形態画像検査は、血管病変や脳外科的に処置の出来る痴呆様状態を発見することが主な目的です。しかし、変性型痴呆では痴呆病型に特異的な変化を早期にとらえることは困難です。一方、機能画像は、病型診断・早期診断・薬効の評価などを行うことができます。
 
病型診断
 アルツハイマー型痴呆では後部型の血流低下を、脳血管性痴呆では前方型の血流低下を示すことから、痴呆の二大病型をSPECTで鑑別できます(図2)。
レビー小体型痴呆(DLB)は、連続剖検例の検討では3番目に多い痴呆とされています(図3)。しかし、臨床的にはこのように高い頻度では診断はつけられていません。今後、病理診断と臨床診断のミゾをうめていく必要があります。

治療効果の判定
 図4は、アルツハイマー型痴呆患者に塩酸ドネペジルを投与し、治療前後の脳血流をARG法で定量的に評価したものです。前頭葉を中心に脳血流が増加しています。この患者は臨床的な改善が著しく、簡単な朝食を作れるまでになりました。有効例を定量脳SPECTで判別できるかどうかは、今後明らかにしなければならない課題のひとつです。
 
治療効果の予測
 投与前にSPECTをとることにより有効例と無効例を予測できれば、たんへん有用です。ドネペジルの薬効を判定するには、クスリをおおよそ3カ月間投与する必要がありますので、投与前にそれがわかれば、無駄な投薬をせずにすみます。
 
早期診断
 Mild cognitive impairment(MCI)が問題となります。これは、痴呆の前段階と考えられる状態で、病的な記憶障害があるものの、痴呆の他の症状がありません。MCIこそは、アルツハイマー型痴呆の前段階のように考えられます。しかし、その中にはさまざまな病態が含まれます。まず、ごく早期のアルツハイマー型痴呆があります。これは痴呆の専門医が診ますと、おそらくアルツハイマー型痴呆と診断をつけると思います。つぎに良性健忘です。ここでは記憶障害をどのようにとらえるかが問題になります。また脳血管性痴呆の早期例も当然入ってきます。MCIの鑑別には、統計画像が有用と考えられます。
 
さいごに
 今後、核医学検査の感度や特異度を、他の検査と照合することにより、また剖検所見と対比することにより客観的に検証することが大切です。そして、脳イメージングが痴呆の診療ガイドラインに組み込まれていくことがひとつの目標となります。その後、このような技術的評価とは別に、費用対効果分析を受けることになると考えられます。


(この論文は、2000年11月3日、第1回日本脳神経核医学研究会のシンポジウム「脳核医学への期待」の「神経内科の立場から」というタイトルでお話いただいた内容を森先生ご自身にまとめていただいたものです。)

第1回日本脳神経核医学研究会の様子はこちらから

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図1 者の年齢別構成の推移と将来の見通し


図2 痴呆の二大病型の鑑別に有用


図3 痴呆の各病型の頻度
(連続剖検79例の検討、小阪)


図4 抗痴呆薬の治療効果の判定