ニュースレター No.2 2000.11.24

シンポジウム「脳核医学への期待」
精神科の立場から
大久保 善朗(東京医科歯科大・保健衛生学科)

指定発言

 現在のところ、精神分裂病、気分障害、不安障害などの主要な精神障害の診断基準に、核医学検査法を含むどのような検査所見も採用されてはいない。核医学検査によって繰り返し確かめられてきた所見として、精神分裂病における前頭葉領域の血流代謝の低下があるが、分裂病の中には同所見を認めない患者がおり、うつ病などでも同所見が観察されることがあることから、診断のための感受性、特異性ともに問題があることになる。しかしながら、このような事実は、検査法の限界を示していると考えるだけでは片付けけられない。逆に、脳血流代謝という側面から、精神科診断概念をみると、生物学的には異なる病態のものを一つのカテゴリーにまとめているという精神科診断分類の問題点を指摘することができる。臨床検査として確立するためには、各診断カテゴリーに直接対応する所見を発見することも大切である。しかし、現在の精神科診断分類が生物学的には異種の病態の疾患を包含している可能性がある以上、症候レベルと生物学的所見の対応を細かく調べるディメンジョンモデルにもとづく解析によって、従来の診断カテゴリー自体を再検討する必要がある。その際に、脳核医学検査法は精神疾患の生物学的病態を評価するための最も有力な方法の一つになる。

 さて、精神科臨床において使われている、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬などの向精神薬は、中枢神経の神経伝達機能に作用する薬剤である。PET、SPECTによる神経伝達機能イメージングは、生きている人で、これらの向精神薬の作用点を直接または間接に評価することを可能にする唯一の検査法であり、精神疾患の病態解明に極めて有用な方法である。たとえば、ドーパミンD2受容体トレーサ[
C]ラクロプライドの開発が、精神分裂病の病態理解や、抗精神病薬の作用機所序の理解を深めたばかりでなく、さまざまな脳科学研究へと発展したように(図1)、今後も、さまざまな神経伝達系の新規トレーサ開発に成功すれば、それがあらたな脳科学研究のブレークスルーに通じる可能性が期待できる。
 ところで、最近、PETで測定したD2や5-HT
2受容体占有率から抗精神病薬の臨床効果や副作用を理解しようとする研究が進んでおり、受容体占有率を指標にした合理的薬物療法の提言も行われている(図2)。PETによる受容体占有率の測定は、未だに適切な動物モデルを欠く場合が多い精神疾患への、向精神薬の作用機序を解明するための極めて有力な方法になりうる。そして、その成果は、明確な根拠なしに少数例での経験や、ごく個人的な経験に基づいて決められていた精神科の抗精神病薬の使用法に科学的な指針を与えるであろう。

(この論文は、2000年11月3日、第1回日本脳神経核医学研究会のシンポジウム「脳核医学への期待」、「精神科の立場から」というタイトルでお話いただいた内容を大久保先生ご自身にまとめていただいたものです。)

第1回日本脳神経核医学研究会の様子はこちらから

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図1 ドーパミンD2受容体トレーサ・[C]ラクロプライドを用いた発表文献の概数開発研究から、分裂病研究、抗精神病薬の占有率の研究、神経疾患の研究、さらに最近では、内在性ドーパミンの測定に使用されている。


図2 受容体占有率を指標にした抗精神病薬の分類(Kapur S.: Molecular Psychiatry 3: 135-140 (1998) に一部追加)