ニュースレター No.3 2000.12.11

シンポジウム「脳核医学への期待」
脳卒中内科の立場から
松本  昌泰(大阪大学・病態情報内科学)

 21世紀を目前にして脳卒中の診療は大きく様変わりしつつある。その変革を推し進めてきた車の両輪とも言えるのが脳虚血病態の分子生物学的究明の進歩とPET、SPECT、MRIなどの脳機能画像診断技術の進歩である。特に、MRI技術の進歩によりもたらされたインパクトは極めて大きく、脳ドックの普及にも見られる如くsubclinicalレベルでの無症候性脳血管障害が診断される機会が大幅に増加している。また、エコープランナー法によるMRI拡散強調画像法の普及は、X線CTでは検出が不十分であった早期の脳虚血病巣の検出を可能とし、米国におけるt-PA(組織プラズミノーゲンアクチベーター)を用いた超急性期の血栓溶解療法の認可とともに、脳梗塞の超急性期治療における必須の検査法としての地位を確立しつつある。では、PETやSPECTなどの脳核医学検査の脳卒中診療における意義はどのように展望されるのであろうか。

1) 脳卒中急性期診療における意義
 脳卒中の急性期診療における臨床検査法に求められる現在ならびに将来の最優先課題は・病型別治療法の適否決定、・血栓溶解療法の適否決定、・脳保護療法の適否決定である。なかでも虚血性脳卒中の超急性期治療に既に臨床応用されている超急性期の血栓溶解療法に際しては治療のターゲットとなるペナンブラ領域の有無、程度の評価と血流再開による出血性脳梗塞発症の危険度の予測が最も重要な課題である。ペナンブラ領域とは脳の虚血により機能は障害されているが未だ不可逆的障害には陥っておらず血流再開により可逆性が期待できる領域と定義されており、PETなどにより脳血流と代謝を計測することにより明瞭に検出することが可能である[1]。しかしながら、実際の臨床の現場ではこのような目的でPETを用いることは一部の限られた施設を除き不可能であり、SPECT、Xe-CT、MRIなどによる脳血流の測定と臨床神経学的脳機能障害の評価、X線CTやMRIによる脳組織障害の有無、程度の評価を組み合わせて評価されることが殆どである。なかでもSPECTは広く普及しており、各種血流トレーサーを用いることにより容易に脳血流低下部位を描出可能であり、X線CTやMRIとの組み合わせによりペナンブラ領域をも評価可能であり、臨床的に有用と思われる。事実American Academy of NeurologyのTherapeutics and Technology Assessment Subcommitteeによる脳卒中診療におけるSPECTの評価(表1)でも脳卒中急性期における虚血病巣検出におけるSPECTの有用性が認められている[2]。ただし、AlexandrovらによるSPECT Safe Thrombolysis Study (SSTS)共同研究者とBrain Imaging Council of the Society of Nuclear Medicineのメンバーによる合同討議(表2)記録[3]にも見られる如く、検査時間に制約のある超急性期(発症後3-6時間)では、より簡単な指標を確立することにより出血性脳梗塞の危険度を迅速に評価することの重要性が強調されている。今後、このような指標を確立するとともに、現在急速な普及が図られつつあるAST(Acute Stroke Team)に対応可能な24時間に亘る緊急検査体制を構築することが、21世紀の脳卒中急性期治療における脳核医学の有用性を確立する上で極めて重要と思われる。

2) 慢性期、無症候期診療における意義
 慢性期や無症候期の脳血管障害の診療においては、病態の進行程度やその治療効果を的確に評価できるかどうかが最も重要である。その意味では、SPECTによる脳血流量の定量計測法(安静時及び負荷時)などが標準化されることがEBMに対応した情報発信を可能とする上でも必須の要件となる。現在、脳血流SPECTを指標として頭蓋内外バイパス術の有効性を検証する臨床試験(Japanese EC/IC bypass trial, JET研究)やPETによる脳循環・代謝の計測を指標とした臨床研究(Carotid Occlusion Surgery Study, COSS研究)が計画・推進されているが、このような臨床研究のさらなる発展のためにも、早急な対応が欠かせない。特に、外科的治療のみならず、内科的治療やリハビリテーションなどのより長期に亘る治療効果をモニターする指標になり得るかどうかは、将来の脳核医学の発展を左右する重要な課題と言えよう。

3) 21世紀への展望
 21世紀は脳の世紀とも呼称されるごとく、分子生物学的手法を駆使した脳卒中の基礎病態の究明はさらに大きく進歩するものと思われる。また、これらの基礎的研究を土台とした脳保護薬などの各種薬物の臨床開発も大きく進展するものと期待されている。表3 には演者らが考えている分子脳卒中学の進展を土台とした新しい夢の治療薬の開発目標を提示している。しかしながら、これらの治療法が真に実効性のある臨床医薬となるためにはその効果を臨床で客観的に評価する手法が併行して開発応用されなければならない。その意味で、表4 には21世紀に期待される脳核医学についてまとめを試みた。

文献
1) Heiss W-D: Ischemic penumbra: Evidence from functional imaging in man. J Cereb Blood Flow Metab 20: 1276-1293, 2000
2) Therapeutic and Technology Assessment Subcommittee: Assessment of brain SPECT. Neurology 46: 278-285, 1996
3) Alexandrov AV et al: Brain single-photon emission CT with HMPAO and safety of thrombolytic therapy in acute ischemic stroke. Stroke 28: 1830-1834, 1997

(この論文は、2000年11月3日、第1回日本脳神経核医学研究会のシンポジウム「脳核医学への期待」の「脳卒中内科の立場から」というタイトルでお話いただいた内容を松本先生ご自身にまとめていただいたものです。)

第1回日本脳神経核医学研究会の様子はこちらから

スライドを大きくするためには、
clickして下さい。


表1


表2


表3


表4