ニュースレター No.4 2000.12.22

シンポジウム「脳核医学への期待」
放射線科の立場から
畑澤 順(秋田県立脳血管研究センター 放射線科)

 最近の中枢神経系の画像診断の進歩には、目をみはるものがある。X線CTやMRにより、微細な脳構造の描出、生体組織の組成(水・脂肪・鉄など)を反映した画像、時間分解能・データ処理能力の向上による動態画像や機能画像が、次々と可能になってきた。このような時代の中で、脳神経核医学は、放射性標識分子を追跡子とする機能特異性、組織特異性、代謝特異性の極めて高い手法として位置付けられている。神経疾患における臨床検査としてばかりではなく、in vivo、 in vitroの 研究手法として広く用いられている。

 臨床脳核医学の測定対象は、脳血流量、脳血液量、ブドウ糖・酸素などのエネルギー代謝、神経伝達系が主なものである。脳血流量は、様々な疾患において特徴的な変化をするため、早期診断(痴呆性疾患など)、病巣診断(てんかんなど)、重症度診断(虚血性脳血管障害など)に役立っている。SPECTにおける脳血流分布の特徴が、新たな疾患概念を生み出すきっかけとなったfrontal lobe dementiaのような例がある。頚部および脳血管閉塞・狭窄では、血流と代謝の解離(misery perfusion)の有無が、血行再建術を行う上で重要な指標となっている。

 現在、臨床脳核医学がかかえる最も重要な問題は、新しい放射性医薬品の開発、臨床治験、保険適応という過程をいかにスムースに行うかということである。その前提には、どのような治療法があるのか、何がわかれば適切な治療法を選択できるのかという医学的な価値判断、他の画像診断法との比較という放射線・核医学的な価値判断、医療経済効果を含めた社会的価値判断が必要であろう。脳神経核医学会の存在意義のひとつは、総合的な価値判断を示し、開発、臨床治験、保険適応の過程に積極的に関与し、さらに臨床利用が開始されたならばその価値を検証し、普及をめざすことにある。

 脳核医学の発展は、常に放射性薬剤、撮像装置の開発とともにあった。また、病める人々を抱える医学上のニーズが原動力であった。1980年代はじめの米国核医学会には、PET開発グループ、放射性薬剤開発グループとともに多くの神経内科医が出席し、様々な神経疾患の脳ブドウ糖代謝が報告された。次いで、脳血流(SPECT&PET)・酸素代謝測定(PET)が普及し、脳血管障害の血行再建術に携わる脳外科医の参加が増した。さらに、1980年代後半には、脳機能賦活法の開発により脳生理・神経心理学者の参加が増した。新しい手法の開発とともに、それを最も必要とする分野の研究者が核医学会に訪れる。現在では、神経伝達系の画像化が大きな比重を占め、そのための放射性薬剤の開発(将来の臨床利用を考慮してSPECT製剤が多い)、撮像装置の改善(低密度の受容体測定のための感度の向上)、データ解析法の開発が盛んである。シナプスにおける神経伝達の詳細なメカニズムの解明をめざして、多くの精神科領域の医師・研究者の活躍が目立つ。これらの基礎研究から、精神神経疾患に対する副作用の少ない治療薬が開発され、また、精神神経疾患の画像診断が飛躍的に進歩する。

 脳神経核医学会が担う役割は、脳循環・代謝学、神経生化学・薬理学、神経発生学、神経分子生物学などの基礎分野と幅広く交流することである。核医学に携わる研究者が、このような基礎分野の進歩を敏感に感じ取ることことができるよう、適切な橋渡しをすることが今後増々重要になると考える。

(この論文は、2000年11月3日、第1回日本脳神経核医学研究会のシンポジウム「脳核医学への期待」の「放射線科の立場から」というタイトルでお話いただいた内容を畑澤先生ご自身にまとめていただいたものです。)

第1回日本脳神経核医学研究会の様子はこちらから