ニュースレター No.10 2002.11.25

第3回日本脳神経核医学研究会
アルツハイマーの画像診断
―最近のトピックス―

秋山 治彦(東京都精神医学総合研究所)

「病理の立場から」アルツハイマー病変における炎症の役割
― activated microgliaなど ―


 炎症反応には,組織マクロファージなどの局所における生体防御機構が関わる一次反応と,血球や血漿成分の病変部位への流入を伴う二次反応とがある.アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の脳病変において認められる炎症はこの一次反応であり,二次反応に特徴的な発熱・発赤・腫脹・疼痛などのいわゆる炎症の四主徴は伴っていない.脳における生体防御機構の中心となる細胞はミクログリアである.ミクログリアは他の臓器における組織マクロファージに相当する機能を担っており,活性化によって変形・遊走し,様々な機能分子の発現が亢進する(Fig. 1).

 脳は免疫学的に特異な(immunologically privileged)部位であり,他の臓器に比べて免疫・炎症反応は生じにくいとされている.しかし,脳のimmune privilegeに関する認識は,ここ十年ほどの間に大きく変化した.血液−脳関門に関して言えば,多くの物質について血液−脳関門輸送系を介した輸送の存在が明らかにされ,さらに実験動物のモデル病変において免疫グロブリンや補体などの選択的な脳への流入も示唆されている.脳には末梢臓器のようなリンパ管は存在しないが,少数のTリンパ球は常に脳実質に認められるし,また,脳内に投与された抗原が一定の時間の後に頚部リンパ節で検出されることも知られるようになった.一方,脳ではTGFβ,CD200といった炎症抑制性因子が産生されており,これらの因子を遺伝的に欠くマウスでは脳における炎症反応が増悪する.すなわち脳のimmune privilegeは,血液からの遮断ではなく,脳自身による能動的な炎症調節機能によって維持されているのである.

 アルツハイマー病の脳病変における組織反応の解析は,脳における炎症についての認識を変化させるきっかけとなった.アミロイドβ蛋白質(Aβ)の沈着や細胞外神経原線維変化は,脳の貪食細胞であるミクログリアが容易に除去することができないため,ミクログリアの活性化は遷延して慢性の炎症反応を引き起こす.老人斑の中心部には活性化ミクログリアが集まり,周囲を活性化アストロサイトが取り囲んでいる(Fig. 2).老人斑では,もともとは血漿中に見出された,補体系・凝固系・線溶系などの液性生体防御因子の活性化も生じている(Fig. 3).これらの因子の多くは脳内における産生が知られており,血液−脳関門を介して血液から浸入する必要はない.アルツハイマー病の脳病変において動員されている生体防御機構の細胞性・液性要素を Fig. 4 にまとめておく.

 脳における炎症反応の研究が進むにつれて,ミクログリアやアストロサイトだけでなく,神経細胞が脳の炎症に様々な面で関わっていることが知られるようになってきた.神経細胞は補体やサイトカインなどの炎症性因子を産生するとともに,神経伝達を含む神経細胞の機能の多くがそれら炎症性因子によって調節あるいは影響を受ける.また神経細胞は,CD200をはじめとする炎症抑制性因子の発現やモノアミン神経支配などを通じて脳の炎症レベルの調節にも関わっている.このように,神経細胞と脳の炎症との関係は従来考えられていたよりもはるかに密接であるが,これは脳機能が脳内の炎症レベルの変化に敏感であることを意味している.敗血症による強い全身炎症はせん妄などの脳機能障害を引き起こすが,アルツハイマー病やその他の神経変性疾患,脳血管障害や頭部外傷による陳旧性脳病変などに伴う脳局所の炎症反応があると,全身炎症の影響による脳機能障害が生じやすくなることが推察される.実際,これらの疾患をもつ患者は,比較的軽度の全身炎症でせん妄を発症し,それをきっかけにADLが不可逆的に低下することもしばしば経験される.

 なお,これまで脳の炎症のマイナス面を述べてきたが,他の臓器と同じく,脳でも炎症は"必要があって"生じている,ということを考慮する必要もある.アルツハイマー病の老人斑におけるミクログリアの活性化はおそらくAβ沈着の除去を目的としているが,最近注目のAβワクチン療法は,ミクログリアの貪食能を促進することでAβ沈着を減少させると考えられている.実験動物のモデル脳病変ではミクログリアの活性化が神経細胞の保護に働く場合があることが指摘されているし,T細胞由来のサイトカインが神経細胞の保護や再生促進をもたらすとの意見もある.今後,様々な脳病態における炎症反応について解析が進むと,新たな治療法が見出されるのではないかと期待される.


(この論文は、2002年11月6日、第3回日本脳神経核医学研究会「アルツハイマーの画像診断 ―最近のトピックス―」の「病理の立場から アルツハイマー病変における炎症の役割 ― activated microgliaなど ―」というタイトルでお話いただいた内容を秋山先生ご自身にまとめていただいたものです。)
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Figure 1


Figure 2


Figure 3


Figure 4