ニュースレター No.11 2002.11.25

第3回日本脳神経核医学研究会
アルツハイマーの画像診断
―最近のトピックス―

畑澤 順
、高橋和弘、下瀬川恵久、三浦修一
奥 直彦
、長谷川新治
大阪大学大学院医学系研究科生体情報医学講座

(トレーサ情報解析学)
秋田県立脳血管研究センター 放射線医学研究部


放射線科医からみた機能画像診断の進歩
― ムスカリン性アセチルコリン受容体 ―


 核医学的手法を用いた脳機能検査は、撮像装置、画像解析法、および新規放射性医薬品とともに進歩してきた。画像解析法は、脳血流代謝・神経伝達系の定量測定法に関する研究と、個々の被験者の脳形態の標準化と統計解析(SPM、3D-SSP、e-ZISなど)を中心に進展している。放射性薬剤は、すべての脳組織に共通する現象(脳血流代謝)から脳組織のcomponent(神経細胞、グリア細胞)へ、さらに細胞内の特異的な現象(second messenger、gene expression)をターゲットとして開発されている。

 新しい手法が臨床利用されるまでには、多くの分野の協力と時間を要する。アルツハイマー病の病態解析を目的に、11C-3-N-methyl-pierizil-benzilate(11C-3NMPB)によるムスカリン性アセチルコリン受容体の画像化を試みた。この前臨床過程は、標識薬剤の選定、標識法の開発、標識合成薬剤の放射化学純度、無菌試験、小動物における体内動態、脳内動態、放射性薬剤安全管理委員会の承認、検査の説明書、承諾書の作成、倫理委員会の承認、健常成人での解析(全身状態の変化の有無、全身分布、排泄経路、脳内分布の経時的変化、血液中放射能、血液中代謝産物)、定量測定法の確立、検査法の簡便化など、多くの段階が必要であった。

 現在、11C-3NMPBによるアルツハイマー病症例の検査が行われている。軽症例、発病後早期例では、11C-3NMPBの結合能は健常成人と比較して低下しておらず、11C-3NMPBによるアルツハイマー病の早期診断は困難と考えられる。パーキンソン病と同様、疾患の進行は節前機能の障害が先行することを示している。一方、受容体の残存はアセチルコリン分解酵素阻害剤ペリンドプリルの薬効には必須と考えられ、今後、治療効果の予測に有用と考えられる。

 シナプス内のアセチルコリン濃度を測定するためには、アセチルコリンよりも受容体親和性の弱い放射性薬剤を用いる必要がある。11C-3-N-ethyl-pierizil-benzilateや11C-3-N-propyl-pierizil-benzilateの受容体結合はアセチルコリン分解酵素阻害剤ペリンドプリルによって低下することが確認され(Nishiyama S, et al. Synapse 40:159-169 2001)、今後の臨床応用が期待されている。

 神経伝達系の画像化と機能の評価は、PETやSPECT以外の他のモダリティでは行うことができない。精神疾患、神経変性疾患の病態解明、診断に欠くことのできない手法として今後さらに活用されていくと考えられる。


(この論文は、2002年11月6日、第3回日本脳神経核医学研究会「アルツハイマーの画像診断 ―最近のトピックス―」の「放射線科医からみた機能画像診断の進歩 ― ムスカリン性アセチルコリン受容体 ―」というタイトルでお話いただいた内容を畑澤先生ご自身にまとめていただいたものです。)
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スライド1 アセチルコリン作動性神経伝達系


スライド2 11C-3-N-methyl-pierizil-benzilate 鏡像体が存在するので、非結合性 11C-3-N-methyl-pierizil-benzilate を非特異的結合の指標として用いることができる。


スライド3 健常成人(若年者)の11C-3-N-methyl-pierizil-benzilate脳内分布


スライド4 アルツハイマー病症例のMR画像(左)、脳血流SPECT画像(99mTc-ECD、中央)、11C-3-N-methyl-pierizil-benzilateの脳内分布(右)