ニュースレター No.12 2002.11.25

第3回日本脳神経核医学研究会
アルツハイマーの画像診断
―最近のトピックス―

田邉 敬貴(愛媛大学医学部神経精神医学講座教授)

「アルツハイマー病における臨床解剖学的対応」

定型例
 通常アルツハイマー病性過程は、まず海馬領域を含む側頭葉内側部に生じ、それに対応していわゆる物忘れ、記銘力障害が現われ、続いて側頭・頭頂・後頭 (TPO) 領域に拡がり、語健忘、視空間性障害、失行症状等の後方症状が現われる。そして次第に前頭葉も侵され、これに対応して病識が失われ、自発性が低下してくる。最近、臨床的にアルツハイマー型痴呆にも様々な亜型が存在することが指摘されており、病理学的にも通常のアルツハイマー病とは異なる病変分布を有する亜型の存在が報告されてきている。

Alzheimer 病の症候学
 記銘力障害 ― 側頭葉内側部
意味記憶障害 ― 側頭葉外側部
視空間性障害 ― 頭頂葉
 自発性低下 ― 前頭葉

Alzheimer 病の症候の理解
全体的行動の変容:取り繕い・場合わせ反応
単位的機能の変容:健忘・失語・失行・失認

非定型例ないし亜型
緩徐進行性道具障害例
 これら言語・行為・認知・記憶といった道具機能が選択的に侵されてくる例に共通しているのは、病識が保たれていること、そして進行性健忘症例以外では、記銘力障害がそれほど目立たず、病理学的には海馬領域の侵襲が比較的軽いことである。
 進行性健忘症については最近、進行性孤立性健忘症 (progressive isolated amnesia) としてのレヴューがでている。このタイプでは、長期にわたって記銘力障害が前景に立ち、他の道具障害が目立たず、病理学的に神経原線維変化が海馬領域に限局し、老人斑が極めて乏しいという報告がなされている。最近、このような症例は経過が長いことが指摘されている。なぜアルツハイマー病性変化が側頭葉内側部に留まるのかが解明されれば、アルツハイマー病の進行をくいとめる手立てにつながっていくかもしれない。ただし、老人斑が乏しいことからアルツハイマー病とすることを疑問視する立場もある。臨床的には、馴染みのない場所ではその重篤な記銘力障害のためいわゆる土地感を獲得することができず迷ってしまい、一見空間的失見当があるようにみえるが、すでに土地感が成立している馴染みの場所では迷うことはない。従って馴染みの場所で行動を制限する必要はない。
 視覚失認やBalint症候群、Gerstmann症候群といった脳後方症状が病初期より目立つ頭頂-後頭領域が選択的に障害される例が報告されており、臨床的にposterior cortical atrophyあるいはprogressive posterior cerebral dysfunctionと呼ばれている。ただしこのような症例の中には、アルツハイマー病以外に皮質下膠症やCreutzfeldt-Jakob病による例がある。Hofらのアルツハイマー病Balint型では、通常は保たれる視覚一次領野が侵されることが 報告されている。
 Mesulam (1982) の報告以来注目を集めている緩徐進行性失語症例の中にも、病理学的にアルツハイマー病と診断された例がある。
 その他、道具障害ではないが、より要素的な巣症状 (focal symptom; Herdsymptom) である運動麻痺が漸次増悪した例も報告されている。
 このような症例の場合には、家族あるいは患者自身への病気の説明および日常生活での留意事項等、通常のアルツハイマー型痴呆例とは違った配慮が必要となる。

前頭葉早期障害型
 物忘れ、後方症状といった通常のアルツハイマー病の症状を有しながら、早期より病識に欠け、攻撃的、落ち着きのなさ、多幸性といった前頭葉症状が目立つ、前頭葉の侵襲が相対的に強いアルツハイマー病剖検例が報告されている。
 これらの症例と前頭側頭型痴呆とは、臨床的には前者は後者と異なり、記憶障害ならびに視空間性障害等の後方症状をも有していることで鑑別される。形態画像上は、萎縮は前頭葉で目立つものの、ピック病でみられるような楔状の限局性萎縮とは異なり瀰漫性で、軽度ではあるが側脳室下角の拡大も認められ、機能画像では前頭葉の著明な血流低下に加え、両側側頭ー頭頂領域にも明らかな低灌流を認める。この型では比較的経過が早いことが指摘されている。

参考文献
田辺敬貴:痴呆の症候学-CD-ROM付. 医学書院, 東京, 2000


(この論文は、2002年11月6日、第3回日本脳神経核医学研究会「アルツハイマーの画像診断 ―最近のトピックス―」の「アルツハイマー病における臨床解剖学的対応」というタイトルでお話いただいた内容を田邉先生ご自身にまとめていただいたものです。)