肝炎ウイルス持続感染の多くが肝硬変・肝癌に進展する。ウイルス肝炎の最終治療目標は肝発癌および肝炎ウイルス関連死の抑止であり、抗ウイルス療法が基本である。
自然免疫系とそれにより惹起されるIFN応答系は抗HCV反応を司る中心であり、HCV感染は細胞内ウイルスセンサーRIG-Iにより探知されIPS-1/STINGを介してIFNβとλが発現、その結果多様なIFN誘導遺伝子(ISGs)が誘導される。しかし、1992年に導入されたIFN治療の成績は十分ではなかった。我々は多数例の臨床的検討と基礎的研究から、IFN不応性にはIFNλ3のSNPと関連する宿主におけるIFN応答を抑制する補助システムと、それを撹乱するHCV蛋白の機能が密接に関わることを明らかとしてきた。
これに対して、HCV蛋白を直接標的とするDAAsが開発され、治療成績は飛躍的に向上した。しかし、我々はDAAによるHCV抑制に伴いRIG-I依存性自然免疫およびISGsが低下することを観察しており、直接の抗腫瘍・免疫修飾作用のないDAAsのみにより発癌抑制効果が得られるかは不明であった。そこで、自験例2,000例からなる前向き治療コホートにおいて、傾向スコアマッチを用いて検討したところ、DAAs治療においてもIFN治療と同等の肝癌抑制効果があることが明らかとなり、治療後のM2BPGi高値が独立寄与因子であることを示した。
一方、HBVに対しては核酸アナログ薬で複製制御が可能となって久しいが、HBV完全排除は未だ困難であり、これまでの視点とは異なる新薬の開発が望まれる。これにはより生理的なHBV培養系が必要であるが、我々はヒトiPS細胞由来肝細胞系譜細胞を用いてHBV感染培養系の開発に成功し、現在病態解明と創薬に展開中である。
しかし、実臨床ではHBV制御下およびHCV排除後の肝発癌が緊急の課題である。我々は、NGS技術を駆使して肝癌の遺伝子プロファイルを網羅的に解析し、C型および非B非C型とB型肝癌とではプロファイルが異なり、B型と一部のHBV既往感染ではTERT領域へのHBV integration が肝癌に関連していることを示した。一方、C型肝癌ではHCV排除の有無により遺伝子変異に差を認めなかったが、B型肝癌ではHBV制御の有無により差を認めた。これら肝癌の病態と関連する遺伝子変異を明らかとすることは、発癌機構を解明し対策を講じる上で重要と考えられた。
本セッションでは、未解決のCQに対し我々が臨床家として挑んできたこれら一連の臨床的および基礎的研究を共有していただき、参加者の皆さんと活発に議論したい。

ウイルソン病は常染色体劣性遺伝により遺伝する胆汁中への銅排泄障害による先天性銅過剰症である。ウイルソン病患者は約3万人に１人の割合で存在し、異常遺伝子保有者(ヘテロ接合体)は約80人に１人の割合で存在するため本疾患は決して稀な疾患ではない。銅は生体の重要な微量元素であり、電子伝達系(cytochrome c)、フリーラジカルの処理(superoxide dismutase)、メラニン産生(tyrosinase)、神経伝達物質の産生(dopamine hydroxylase)、結合組織の架橋(lysyl oxidase)や鉄代謝(ceruloplasmin)などに重要な働きをしている。そのためATP7Aの遺伝子変異により引き起こされるメンケス病では、銅が欠乏することにより重篤な神経障害や結合組織の障害が生じ早期に死亡する。このように銅は生体に必須の元素であるが、過剰に存在すると活性酸素を発生し細胞に害を及ぼす。体内からの銅の排泄経路は胆汁のみである。ウイルソン病では肝細胞より毛細胆管への銅の排泄が障害されると肝細胞や神経細胞を主とした体内に銅が蓄積することで組織障害が生じる。この疾患の責任遺伝子のATP7Bは1993年にクローニングされた。この遺伝子産物であるATP7Bが胆汁中への銅の排泄に関与する銅輸送体である。しかし、ATP7Bの細胞内局在に関しては未だ論争のままである。当初ATP7Bは肝細胞のtrans-Golgi networkに存在すると報告された。しかし、我々は胆汁中への銅の排泄機構に疑問を抱きこの局在を検討し、ATP7Bは後期エンドゾームに存在することを明らかにした。また本疾患の症状は非常に多彩であり、その原因はATP7Bの遺伝子変異の違いによるものと推測されている。ATP7Bの遺伝子変異にはナンセンス変異、フレームシフトやミスセンス変異があるが、最も多いミスセンス変異蛋白であるATP7B-H1069Qは銅輸送体としての活性を有するがプロテアソームで分解され、この分解が充分でない場合は細胞内にユビキチンとケラチンを含むMallory-Denk体類似の封入体が形成された。ATP7B-N1270Sは後期エンドゾームに局在するが、銅輸送体としての活性を有さない。これらの変異蛋白の性質の差がウイルソン病の多彩な臨床症状に関連していると考えられる。

病理学は、主として形態学的手法を用いて、実際の患者さんの病変を観察することで、病気の成り立ちや仕組みを明らかにしてきた。形態学は、病変の全体像、空間的な広がりを捉えたり、未知の病態に迫る糸口をつかむ上では極めて優れた方法論である。加えて、近年の分子生物学的解析技術の進歩、情報化技術の進歩などは、病理学自体も大きく変えようとしており、分子病理学に加えて、病理情報学的な研究、診断が今後展開されることが期待されている。
演者は、これまで肝臓病理の研究、診断を通して、１）早期肝細胞癌の概念の確立と分子診断法の開発、２）多段階発癌・多中心性発癌に関する研究、３）悪性度診断のバイオマーカーの開発と病理学的サブクラス診断の確立、４）背景病変、前癌状態に関する検討、５）定量的病理診断法の開発と、病理診断の情報化に向けた取り組みをおこなってきた。
本セッションでは、演者のこれらの経験を踏まえて、肝臓病理の現状と展望につき述べたい。特に,本学会長よりご依頼いただいた、「肝臓病理における先進的な取り組み」として、３）～５）のテーマにつき、今後の日常病理診断への応用の可能性も含めて、現在行っている研究の目的、成果につき出来るだけ述べたい。

演者は1983年からB型肝炎ウイルス(HBV)を皮切りに、35年間に亘り、肝炎ウイルスの基礎研究を楽しんできた。HBs抗原のサブタイプ(d/y, w/r)が点変異によって変わりうることを明らかにし(JGV 1986; JV 1987)、学位を取得した。その一連の研究が、その後のHBVゲノタイプの提唱 (JGV 1988)、preC変異 (JV 1990), core promoter変異 (JV 1994)の発見に繋がった。1997年には、「C型肝炎ウイルスの遺伝子解析と基礎的、臨床的研究への応用」という研究課題名で第１回目の織田賞を受賞するという栄誉に浴することができた。2003年以降、厚労省のE型班・経口肝炎班の研究分担者・研究代表者として、E型肝炎ウイルス(HEV)の基礎研究に多くの時間を投じてきた。当初は予想していなかった多くの新しい事実にも遭遇できた。振り返ってみると、HEVの培養系を樹立出来たのも、いくつかの幸運が重なった結果であった。ここでは、基礎研究のみならず、臨床研究にも言及しながら、HEVに特化して、研究の面白さ、そしてその成果についてお話したい。具体的には、1) HEV感染の二面性、2) HEVの遺伝的多様性、3) HEV感染の診断・治療・予防の進歩、4) HEV感染の慢性化、5) HEVの感染培養系の確立と発展、6) HEVの増殖機構の解明、などについてお話させて戴く予定である。

近年、網羅的な一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)のタイピング技術が飛躍的に進歩し、ゲノムワイド関連分析法（genome-wide association study: GWAS）を用いることにより、肝疾患領域においても治療、病態に関連する遺伝要因が明らかとなった。1)我々は、C型慢性肝疾患に対するインターフェロン(IFN)治療効果に極めて強く関連するIL28B遺伝子多型(IFNL3-IFNL4 SNP)を同定し、後の実臨床、新規薬剤の開発に大きく貢献した(Nat Genet 2009)。さらに、IFNL3-IFNL4遺伝子多型はHCV自然排除や肝病態進展との関連性も報告されている。その後もGWASにより様々な報告がなされた。2)IFN治療の副作用として、リバビリンによる溶血性貧血に関連するITPA遺伝子多型及びその近傍のDDRGK1遺伝子多型がPEG-IFN/RBV治療中の血小板減少に関連、PSMD3遺伝子多型と好中球減少と関連、IFN誘発性うつ病とZNF354C遺伝子多型との関連、3)C型肝炎の臨床経過に影響を及ぼす遺伝子多型として、NRP2、IGFBP4、HLA-DR/DQのSNPがC型慢性肝炎患者における扁平苔癬合併に関連し、MICAのSNP rs2596542及びDEPDC5のSNP rs1012068がHCV関連肝癌に強く関連していることが本邦より報告されている。最近我々は、TLL1遺伝子内に位置するrs17047200がHCV排除後の肝発癌に強く関連することを見出した（オッズ比=2.37, P=2.66×10-8）(Gastroenterology 2017)。このSNPと従来から報告されている危険因子を組み合わせることにより、より明確にHCV排除後の肝発癌を予測するモデルを構築した。このTLL1遺伝子は主に細胞外基質産生、TGF-βシグナル活性化と関連し、肝線維化進展を介して肝発癌に寄与している可能性が示唆された。興味深いことに、TLL1遺伝子とNASHとの関連性も報告されている(J Gastroenterol 2017)。このように、GWASによって明らかにされた遺伝要因により、治療効果や副作用の発現、病態進展の予測能が向上し、個々の患者に合わせた治療の選択、病態進展・発癌のサーベイランスといった個別化医療の実現が可能となる。

HCCの治療切除後には、病理学的脈管侵襲が再発危険因となる。我々は、glypican-3をマーカーとして循環腫瘍細胞(CTC)を定量化するシステムを確立し、術前・術中におけるCTCの局在と定量化が、脈管侵襲と再発予測に有益であることを示した。また、肝内在NKは未成熟phenotypeを示し、強力な抗腫瘍分子(TRAIL)を誘導し得ることと、中・低分化HCCはTRAIL受容体(DR4, DR5)を高発現しNK細胞を介した細胞死が誘導され易いことを確認した(Hepatology 2006)。そして、TRAIL遺伝子多型が、HCC治癒切除後の再発危険因子になることを確認した。NK細胞が自己のhuman leukocyte antigen (HLA)を認識するkiller immunoglobulin-like receptor (KIR)を表出すると共に活性が強化される機構を”license”と呼ぶ。KIR-HLA遺伝子多型がHCC術後再発に有意に影響することを解明した(Cancer Immunol Res 2014, Oncoimmunology 2015)。以上より、門脈系へ逸脱したCTCは肝内NK細胞の標的となり、KIR-HLA多型に起因する脆弱なlicense機構を備える個体では再発リスクを負うため、NK細胞機能を賦活する術後補助免疫療法が奏功する可能性がある。
非代償性肝硬変に合併したHCC症例では、肝移植が唯一の根治療法となり得るが、移植後再発が懸念される。摘出したドナー肝を体外灌流した排液からNK細胞を回収し、HCC再発予防を目的とした細胞移入療法を臨床導入し、病理学的ミラノ基準外症例の無再発生存率の改善を確認した。NK細胞療法は、米国FDAの承認のもとマイアミ大学と共同で脳死肝移植症例を対象に第I相試験を行い、対象全18例で安全性が示され無再発である(Cell Transplant 2012)。
さらに、IFN-γ産生NK細胞の誘導法を開発し、HCV性肝硬変患者に対する肝移植後に移入したところ、術後 HCV RNA量は有意に減少し、HCVが完全排除された例も経験した(JCI 2009)。最近、多機能造血幹細胞から抗HCV/HCC効果を有するNK細胞を誘導することに成功した。HCV陽性HCC肝切除症例の術後癌再発はNK細胞機能の脆弱性と深く関連する事実に基づき(Cancer Immunol Res 2014)、肝切除症例を対象に末梢血CD34+細胞から誘導したNK細胞の移入療法の第I相臨床試験を計画している。

糖鎖はタンパク質の翻訳後修飾に関わる重要な生体分子の1つで、核酸、タンパクに続く第３の生命鎖とも呼ばれる。１つ１つの糖鎖は固有の糖転移酵素の働きで生合成され、糖転移酵素の遺伝子（糖鎖遺伝子）はヒトの全遺伝子の約1%を占める。近年の分子生物学と微量解析技術の進歩に伴い、糖鎖機能の生物学的機能解析が急速に進んだ。現在の糖鎖研究には異分野融合研究と産業応用の大きな２つの潮流がある。肝臓病学における糖鎖研究としてはAFP-L3が古くから知られており、肝がんに特異性が高い。AFP-L3は、AFPに付くN型糖鎖の還元末端（根元）にフコースという糖鎖が結合したもので、フコシル化AFPとも呼ばれる。我々は1996年にAFP-L3の生合成に関わるα1-6フコース転移酵素（Fut8）のタンパク精製と遺伝子クローニングに成功した。Fut8が作る糖鎖の根元に付くフコースはコアフコース呼ばれ、多くの増殖因子受容体の機能に影響を及ぼすため、Fut8ノックアウトマウスは生後すぐに70-80％が死亡し、生存例も著しい成長障害を起こす。これまでフコース転移酵素は11種類知られているが、このような著しい表現形をきたすノックアウトマウスはFut8のみである。
一般的にがんに関係が深い糖鎖修飾として上述のフコシル化に加え、シアリル化（シアル酸による糖鎖修飾）と糖鎖の多分枝が知られている。また、特に肝臓で注目する糖鎖変化としてコアフコースによる糖鎖修飾があげられる。我々は肝細胞で産生されるタンパク質のコアフコースは胆管への分泌シグナルになることを見出した。すなわち、フコシル化タンパクは正常肝細胞では細胞極性によって胆管側へ運ばれるが、肝がん細胞では細胞極性の破綻によって血中に漏れ出るようになる。非侵襲的な診断が望まれるNASH研究においても、現在糖鎖バイオマーカーは特に注目されている。NASHでは細胞極性が破壊された風船様肝細胞が増加するため、肝がん同様の機序で血中フコシル化タンパクが増加し、フコシル化ハプトグロビンがNASHバイオマーカーとなる。最近、グライコプロテオミクスの手法を使ってM2BPGiという画期的な肝線維化の糖鎖マーカーが開発された。さらに、糖鎖は肝代謝研究への応用やレクチンを使った新規治療法の開発にもつながる可能性がある。次世代の肝臓研究の標的として糖鎖の多様な生物機能は非常に魅力的である。多くの糖鎖解析技術が進歩した今日、まさに肝臓病学における糖鎖研究の黎明期が始まったと言える。

C型肝炎がDAAによりcurable diseaseとなり、世界からの根絶が明確な目標とされた一方で、B型肝炎のcomplete cureの難しさがより鮮明となっている。悪性黒色腫に対する抗PD-1抗体の治療成績は、免疫系の制御が確かに治療効果に繋がるという可能性を示したが、肝癌などの固形癌に対するチェックポイント阻害剤の有効率はまだ十分ではない。今、創薬研究のうねりの中でB型肝炎や肝癌に対する免疫治療薬が期待されている。
創薬の端緒となるのは、臨床病態の理解である。肝病態解明にヒト免疫学の手法を導入する場合、仮説検証型アプローチとなる場合が多い。体内の免疫現象を観察することで、例えば「肝癌患者のNK細胞は活性が低い」という仮説を立てる。その妥当性と普遍性を、多数の他者との比較から確認する作業となる。しかし同じ現象を捉えたとしても、結果の幅は予想以上に大きく、「個体差」を乗り越えるためには相当な対象数が必要となる。また、体内の免疫現象を反応の場で捉えることは技術的に難しく、現象を体外で正確に再現することは不可能に近いと考えられてきた。
私たちは、樹状細胞(DC)と他の免疫細胞との相互作用を通して免疫系を捉えることによって、ウイルス肝炎の病態には、様々な免疫細胞の機能異常が関与していることを明らかにしてきた。HCVやHBVは、巧妙に免疫系全般の機能異常を緩めに設定しており、感染細胞の排除を徹底させることなく持続感染を維持し、炎症を持続させ肝癌を発症させる。免疫系全般にわたる不完全な免疫不全が、肝炎ウイルス感染の本質であると思われるが、その責任分子は未だ明らかではない。NASHなど非ウイルス性肝疾患でも肝線維化が進行し肝硬変に至る過程で、様々なゲノム異常が蓄積し発がんリスクが増加する。この過程に肝線維芽細胞、マクロファージなどで構成される肝微小環境が関与することが想定されているが、その詳細は解明されていない。
近年のテクノロジーの進歩は目覚ましく、生体内の肝細胞や免疫細胞を一細胞単位で採取し、遺伝子情報を網羅的に解析することも可能となった。これまで不可能であった、体内の免疫反応や遺伝子動態を修飾せず抽出することによって、肝疾患研究に新たな知見が得られる可能性がある。本セミナーでは、私たちが取り組んできたヒト免疫細胞を用いた肝疾患病態研究の苦闘を紹介させていただき、今後の肝疾患研究におけるヒト免疫学の意義や将来性について議論したい。多くの先輩、同輩、後輩の方々が、肝疾患の免疫研究に少しでも関心をもっていただけることを願っている。